第8話 挨拶・1 嫁達の名乗り


 がらがらがら・・・

 

 ついに馬車が道場に到着した。

 門の前に、既に門弟らしき人物が立って待っている。

 

「到着をお伝えして参ります」


「よろしくお願いします」


 執事がそーっと魔剣の箱を置き、馬車を出る。


「失礼致します。カゲミツ=トミヤス様のお宅、トミヤス道場でございますか」


「はい!」


「では、カゲミツ様にお伝え願いますか。

 カゲミツ様には、既にお聞きかと存じます。

 マツ様、クレール様をお連れ致しました」


「はい! 少々お待ち下さい!」


 門弟はぱっと駆け出して行った。


「ふむ。元気の良い返事。さすが、天下に名の聞こえたトミヤス道場。

 門弟も気合が入っている。素晴らしい・・・」



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 がらり。

 玄関が開く。


「カゲミツ様! 参りました!」


「よし! 俺が出迎える!」


 カゲミツはびしっと紋服の襟を正す。


「お前も来い! 鬼を道場に案内! 案内した後は、そのまま稽古に加われ!」


「はい!」


「あなた・・・」


「アキ・・・」


 2人は少し見つめ合う。

 くるり、とカゲミツは振り向き、玄関を出て行った。



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 ざ、ざ、と綺麗に敷かれた玉砂利を歩くカゲミツ。

 門弟はその後ろ姿を見て、驚いた。

 

(これほど気合の入ったカゲミツ様は、見たことがない!)


 これから来る人物はそれほどの者か・・・

 マツ。

 クレール。

 名前からして女。

 馬車こそ質素であったが、並の貴族ではない。

 もしかしたら、貴族以上の・・・つまり・・・

 ごくり、と門弟の喉が鳴る。


 カゲミツが門に着くと、一行は馬車から出て並んで待っていた。

 執事が頭を下げている。


「お初にお目にかかります。私がマツでございます」


 黒髪の和装の女が、一切隙のない所作で頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私、クレールと申します」


 銀色の少女がドレスの裾をちょいと上げ、綺麗に頭を下げる。


「随行の、ラディスラヴァ=ホルニコヴァと申します」


 背の大きな男装の女が頭を下げる。


「え、えっと・・・シズクです! よろしくお願いします!」


 これまた背の大きな女が頭を下げる。頭には小さな角。

 片手にはその背よりもさらに長い鉄の棒。


「皆様、本日はわざわざのご足労、感謝致します。

 私がカゲミツ=トミヤスでございます」


 カゲミツが綺麗に頭を下げる。


(ございます!?)


 門弟は驚いた!

 まさかカゲミツ様がここまで!?

 やはりこの女達は只者ではない!


 遅れて、さっと門弟も頭を下げる。


 カゲミツの目がシズクの方を向く。


「うむ・・・あなたがシズク様ですね。

 当道場の稽古に、いたくご感心を抱いておられるとか」


「は、はい!」


「では、挨拶もそこそこで申し訳ありませんが、何より稽古へのご参加をと、マサヒデより聞いております。案内させますので、是非そちらへ」


「出来ますか!?」


「もちろんです。見れば分かる。あなたは、並の腕ではありません。

 是非、ウチの門弟共を痛めつけてやって下さい。良い勉強になります」


 マサヒデは後ろの門弟に振り向き、


「おい! シズク様を道場へお連れしろ!」


「は! どうぞこちらへ!」


「やったあ!」


 シズクは門弟に連れられ、道場へ向かった。


(よし。あれは門弟に任せる・・・皆! 頼む!)


 カゲミツは心の中で手を合わせる。


 さて・・・

 確かマツという名だった。

 ということは、この黒髪の女が・・・姫。


 カゲミツの心臓は破裂しそうだったが、流石の剣聖。一切顔に出ない。


 しかし、クレールというこの少女は誰だろう?

 身なりからして、並の貴族ではなさそうだが・・・

 この髪の色、目の色、肌。形は人族とそっくりだが、おそらく魔族。

 ということは、マツの友人か? 祝辞でも持ってきたのだろうか?


 この長身の女が、鑑定眼を持った治癒師か。

 腰に差した脇差・・・あれは・・・


 いや。考えるな。

 今はまず、この者達を入れることだ。


「では皆様。ボロ屋で申し訳ありませんが、ご案内致します」


「カゲミツ様自ら、わざわざありがとうございます」


「いえ。当然のことです」


 一行がじゃりじゃりと玉砂利の上を歩く。

 クレールがちょいとマツの裾を引っ張る。


(マツ様、マツ様!)


(どうされました?)


(お父様、すごくしっかりしてますね! 聞いてた話と違いますよ!)


(うふふ。きっと、マサヒデ様のお嫁さんだから緊張してるんですよ)


(そうでしょうか?)


(そうですとも)


 がらり。

 玄関を開けると、マサヒデの母、アキが手を付いて待っている。


「では皆様、客間はこちらです」



----------



 こぉん! ししおどしの音が響く。


 カゲミツが掛け軸の前、主の席に座る。


 この席順も困ったものだった。

 姫をここに置くべきか、どうするか・・・


 正面左にマツ。

 正面右にクレール。

 マツの左後ろにラディ。

 執事は廊下に立っている。


 マツが頭を下げた。


「お目通りが叶いまして、光栄でございます。

 私めが、此度、マサヒデ様に嫁いで参りました、マツでございます。

 トミヤス家に入ること、どうぞお許し下さいませ」


 クレールも頭を下げる。


「お目通りが叶いまして、光栄でございます。

 同じく嫁いで参りました、私が、クレールでございます」


「ええ!?」


「は!?」


 カゲミツとアキが驚いて声を上げる。

 2人はまだ、クレールがマサヒデの妻となったことを知らない。


「は! こ、これはお客人の前で失礼を・・・

 クレール様・・・でしたか・・・?」


「どうぞ、クレールとお呼び捨て下さい」


「・・・ん、んん! えー、申し訳ありません。

 私も年を重ねておりますので。ちと耳が・・・

 と、嫁いで・・・?」


「はい。どうか、マサヒデ様の第二夫人として、トミヤス家に入ること、お許し願いますでしょうか」


「・・・」


「・・・」


 カゲミツもアキも、開いた口が塞がらない。

 第二夫人!?

 先日、魔王様の姫を娶ったばかりだと言うのに、新しい妻!?


 事情を知っているマツとクレールは、頭を下げたまま、見えないようににやにやしている。


 が、そこは剣聖カゲミツ。

 すぐに体勢を立て直す。


「・・・ごほん。お二人共、ウチのバカ息子を気に入って下さりまして・・・

 私からも、感謝を申し上げます。ありがとうございます。

 さ、頭をお上げ下さい」


「はい」


 マツとクレールが頭を上げる。

 マサヒデめ・・・やりやがる・・・

 2人の顔を見て、心の中で「バカ息子があー!!!」と大声で叫ぶカゲミツ。


「改めまして、私がマサヒデの父、カゲミツ=トミヤスです。

 お二人共、マサヒデをよろしくお願い致します」


 ちら、とアキの方を向くと、まだ驚いた顔で固まっている。


「さあ、アキ。お前も」


「はっ! は・・・アキ=トミヤスでございます。

 お二方共、よろしくお願いします・・・」


 頭を下げたアキを見て、軽く頷くカゲミツ。


(これはまだ何かあるな・・・)


 カゲミツの勘が危険を察知している。

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