第100話 外伝「月の花」1
わたしは日々に厭いていた。
勉強にも色事にも、政治はもちろん本業である金勘定に至るまで、どうしようもなくつまらないものだった。
それでもわたしは帝都学士院の講堂にいた。
15歳になったわたしは皇帝陛下からそこに通うように命じられていたからだ。
国の将来を担うため、または自身の栄誉栄達のために大陸中からとびきり優れた若者が集うその場所で、肌を焼くような彼らの熱を疎んじて、わたしは瞳を伏せて息をはいた。
目立たぬふうを装い、供もつけずに腰かけていても、淡い色の金髪や青灰色の瞳、または皇帝陛下に似た顔のせいで誰もがわたしの正体を「月の君」と察したことだろう。
つまり、さきの皇帝が借金の形に銀行家に売った子供だということを。
または皇族でありながら爵位のない平民であること、それなのに黄金宮殿に住んでいることや腹違いの兄にあたる陛下の覚えめでたきこと、年上の妻と不仲であることなどを、彼らは驚くほどよく知っていた。
わたしの素性をあれこれと語る周囲を冷然と無視し、わたしは前をむいていた。我慢ができなくなればひと睨みして去るつもりだった。陛下には何とでも申し開きができた。
話し声がやむことはなく、もう席を立つかと思った瞬間、これから講義する大神官の先導をして、すらりと背の高い少年がすすんでくるのが見えた。とすれば、彼が今期の試験で最優等だということだ。
わたしが彼を目にとめたのは、彼のまとう式服が「神官見習い」のそれで、漂白されていない生成りの長衣には目にも艶やかな紅の三本線条が染め抜かれ、すぐにも「神官職」になるであろうことを示していたからだ。
その白い長衣の裾裁きはいささか覚束ないようだった。彼がそれを今日はじめて着たことは明らかだ。帝都にあがったばかりの学士院生が「見習い職」であるのは珍しい。若いのにかなり優秀な部類に入るということだ。
同い年くらいだろうか。
帝都学士院には若くて出来る人間など腐るほどいるのだから当たり前だ。一度はそう思ってみたものの、瞳は彼の姿を追った。
みなの囁き声に彼が名だたる円卓の騎士の末裔であり、すでにして伯爵であると知って、年に似合わぬ落ち着いた佇まいに合点がいった。
手足の長いすらりとした長身に渦を巻いた褐色の髪、彫りの深い眼窩には青い瞳が煌いている。端正でありながらも美少年とは呼ばせない硬さのある顔つきは、なかなかに見応えがあった。
彼は、こちらの視線にすぐさま気づき、かるく会釈をよこして返した。
わたしの複雑な身分を知りながら充分な礼節を保ち、なおもへりくだりすぎていない一揖がいかにも様になっていて、少しばかり気が惹かれた。
すぐさま引見してもよかったのだが、敢えてしないとこころに決めた。
いずれ何処かで話をする機会はあるだろう。
そう思って、そのときはそのままにした。
そして、その機会は数ヶ月としないでやってきた。
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