獅子が至る!〜任侠ステータスに極振りした極道、追放された悪役令嬢に転生したが漢すぎて慕われ始めた〜

@yushige753

第一漢 極道、極まれり

 花咲く都──フローレンス公国。その中央区画にて、処刑が行われようとしていた。

 ドレスを纏った美しき少女は大衆が見守る中、処刑台の上で手足を縛られ、縄を首に掛けられる。


「黒薔薇姫──いや、アリリス・ドンゲブラ・ローズウェル! 執政貴族の息女の身分でありながら、公爵の御子息を籠絡し傀儡として操り、その富と権力を簒奪せしは万死に値する。何か言い残す事はあるか!」


 近衛兵が面前で罪状を読み上げ、見守る民衆は固唾を呑んでその最期の言葉を待つ。

 その儚き命が散る間際、少女は口角を歪める。


「儂は──」


 ────

 ──


 昭和四十年。日本国大阪府上空。

 男は物憂げな顔で飛行機に揺られていた。

 筋骨隆々の巨躯に、蓄えた立派な髭から覗くスカーフェイス。一般の客が彼の横を通り過ぎる時、誰もが顔を強張らせる程に威圧的であった。

 それを囲むように座る男達は、派手なスーツを着飾った極道者。そんな幾人もの逸脱した風貌の男達──紀元前より続く由緒正しき極道「轟龍会」が搭乗する漆黒の航空機で、男は極道達を従えるように堂々と中央に座していた。そして事実彼は、数百名の構成員を抱える組長である。


「ぬぅ……儂とした事がぬかったわ」

「親父、どうされたんです?」


 ため息を深く吐く男──轟龍会傘下、鬼王座組組長。鬼王座おにおうざ獅子天殿ししあまどは、隣に座る若頭に懐から取り出した一冊の本を見せる。


「なんです? それ」

「娘の本と儂の手帳を間違うて持ってきてしまったわ。なんだ……このハイカラな書物は」

「これは……小説ですか? 「白薔薇のアーデント」か……娘さんの愛読書のようですな」

「これから重要な会合だと言うのに……致し方あるまい。到着先の広島で新調するとしよう」


 男は体重を背中に預け、再びため息を吐く。巨漢の獅子天殿がひとたび動けば、シートが死にかけのネズミの鳴き声ような悲鳴を上げる。

 そして一眠りしようと瞼を閉じた時に事故は起こる。雷鳴鳴り響く暗雲に差し掛かった瞬間、機体は突如として激しく揺れ始め、警告のアラームが鳴り響く。


「な、なんじゃ!?」

「お、お客様にお伝えします! と、当機の両翼が──根元から折れました!」

「「えええぇぇー!?」」

「当機、墜落航空666便は……墜落します……!」


 機長によるアナウンスの後、機内は大混乱に陥る。慌てふためくも、両翼が折れたとあらば助かる術は皆無。客室乗務員も必死に宥めるがその健闘も虚しく、アナウンスにて慟哭に似た泣き声でアメイジンググレイスを歌う機長の声を聞き、一同は生存を諦める。

 だが──この男だけは違った。


「お前達! あれを持っているな!」

「おう親父!」

「降下作戦で使うパラシュートですね!」


 鬼王座組の一同は手荷物から袋を取り出す。これを使って脱出する算段──構成員は皆そう思っていた。


「予備と合わせりゃ、カタギの分も丁度──あれ!? 一つ無いぞ!?」

「何ィー!? それじゃ、誰か犠牲になる羽目じゃねえか!」

「──儂が残る!!」

「ええええぇぇー!?」

「駄目です親父! アンタは轟龍会の未来を背負うお人だ! ここは一番若い俺が──」

「たわけが! 真に守るべきは若き芽よ。古き世の老耄には生道を歩む資格無し!」


 獅子天殿は飛行機のドアを殴り飛ばすと、パラシュートをつけた者から順に外へ放り投げる。


「お、親父ィィィィー!!」

「儂は地獄の閻魔と果たし合うのみよ! 国盗りせし奈落にて貴様らを待つ! よいか小僧共! 我が屍を超え、極道を極めい!」


 全ての人間が脱出したのを確認し、ただ1人残された獅子天殿は揺れる機内で立ち尽くす。


「燃えゆく鳥。残されしは男一匹、か。なんとも駄文な辞世の句よ。だがこれでよい。星近き夜空にて地獄の舞を踊り耽るのもまた一興。禍根があるとすらば儂の娘か。無様に死にゆく父を許せよ……我が生涯に一片の──」


 そう腕を突き上げた瞬間、獅子天殿の懐が眩い閃光を放つ。

 その輝きは徐々に強まっていき、灼熱の光を持って獅子天殿を包みこんでいく。

 瞬間、強烈な眠気が獅子天殿を襲う。その意識は深い闇の底へと沈んでゆく。任侠人生55年……その命は箒星のように儚く散っていくのであった──


 ────

 ──


「……ぬ?」


 目が覚める──獅子天殿は自らが置かれている状況を確認する。

 フカフカの天蓋付きベッドから起き上がると、自分の視界が酷く低いのに気が付く。この腰から下に伸びたレースの装飾が施されたドレスは何だ? ロココ様式の部屋の隅に置かれた鏡に向かい、その姿を確認する。


「な……なんだこれは!?」


 濡羽色の艶髪をした漆黒の少女。年は高校生の娘と同じくらいだろう。何故、死んだはずの自分がこの少女の姿になっているのか? この驚嘆する声もまた甲高く、獅子天殿は更に困惑する。


「む……この本は」


 自分がいつの間にか小脇に抱えていた焼け焦げた本──白薔薇のアーデントが、これが夢でない証拠であった。


「娘の小説か……何故儂はここにいるのだ? 現状が飲み込めぬが──ん! これは……!」


 小説の表紙を見て獅子天殿は目を見開く。

 主人公であろう少女と対の位置で、賤しき笑みを浮かべる少女は──今の獅子天殿と瓜二つであった。


「馬鹿な……空想世界の人間に儂が成り代わったとでも言うのか? なんの因果あっての事か……地獄の閻魔は相当に儂が嫌いらしい」


 数奇な運命を辿ってしまった獅子天殿。

 任侠道極まれしこの男の、第二の人生が始まろうとしていた。

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