第16話 今後の相談
人気のないロビーに座る。
5人はマサヒデとの結婚に関して、軽く打ち合わせ。
マサヒデ、アルマダ、マツ、クレール、クレールの執事。
クレールとマツは、ロビーの奥で抱き合って泣きじゃくっている。
たまにマツが、うんうん、と頷いたりしている。
この2人はとても話せる様子ではない。
執事もつい先程までだらだらと涙を流していたが、もうしゃんとしている。
「いくつかご相談がありますので、聞いて下さい」
話すのは、マサヒデ、アルマダ、執事。
「まず、クレールさんご両親への報告についてです」
「は」
「マツさんの事ですが、結婚です。家族になるのです。
私は、ちゃんとご報告すべきだと思っています。
ですが、今回はくれぐれも内密に、という事で、ご報告下さいますか」
「承知しました」
「ですけど、私とクレールさんの身分があまりに違いすぎる。
クレールさんはご承知下さいましたが、周囲はどうなりましょうか」
「その点は大丈夫かと思います。トミヤス様・・・いや、失礼しました、旦那様の名は魔の国まで広く響き渡っております」
「旦那様はやめて下さい。トミヤスとかマサヒデで結構です」
「先日の試合は、魔の国でも、多くの方がご覧になっておられるはずです。
ある程度裕福な家では、魔術師協会へ願って、祭の様子をご家庭でご覧になっておられるのです。マサヒデ様の試合も同様です。
きっと、マサヒデ様のお名前も腕も、既に知れ渡っておりましょう」
「そうなんですか? いや、お恥ずかしい試合を」
「お恥ずかしいなどと。素晴らしい試合でしたぞ」
「それと、私は今、魔術師協会に寝泊まりしています。
クレールさんには悪いですけど、出来れば、こちらに来てほしい。
マツさんの魔術の弟子、という体にすれば、不自然でもない」
「それは如何なる理由で」
「私のような者がこのホテルに・・・となると、あまりに目立ちすぎる。
すぐに、私のような庶民が、クレールさんと夫婦になったと知られる。
そうなれば、レイシクラン家の方々に、ご迷惑をかけてしまいましょう」
「我らは構いませんが・・・
クレール様のお父上もお母上も、特に気になさることはないかと。
マサヒデ様が魔王の義理の息子という肩書がなくとも、大丈夫でしょう。
身分こそ平民でございますが、高名な武術家という先の理由で問題ないかと」
「大丈夫でしょうか・・・」
「しかし、お嬢様のお食事の問題が」
「食事・・・うーむ、たしかにそれはありますね・・・」
マサヒデは腕を組んで考え込んでしまった。
あの量を毎日準備するとなると、これは大変だ。
考え込んでいると、アルマダが助け舟を出してくれた。
「マサヒデさん。こうしてはどうでしょう。
クレールさんは魔術師。マツさんの弟子として寝泊まりする。
ただし、レイシクランの一族として、食事は取らなければいけない。
そこで、食事は向かいの冒険者ギルドで用意してもらう」
「うーん、我々は自由に使って構わない、と言って下さいましたが、さすがに。
これは、冒険者ギルドには、金を払わなくては」
「ここのレストランで食べるより、全然安く済みます。
さすがにここほどではありませんが、冒険者ギルドの味も悪くはない」
「ふむ」
「それに、クレール様には、庶民の生活を直に見てもらう良い機会。私は領地を治める貴族として、庶民生活を肌で知ることは、この上なく重要だと思っています。この考え、いかがでしょう」
「私も、それは必要だと思います。たしかに、良い機会ではありますな」
「クレール様のお父上、お母上にはご心配をおかけしてしまいますが・・・
魔の国でも名だたるレイシクラン家の方々です。
マサヒデさんは心配していますが、マツ様のことはご存知かと思います。
そして、マサヒデさんの腕も知られている。
となれば、身の周りに関してはご安心下さいましょう」
「・・・」
執事は顎に手を当てて考え込んでいる。
「クレールさんがこちらに、という希望がありましたら、私はこちらに参ります。
それなら、構いませんか?」
「よろしいでしょう」
「それと、これは国王陛下から念入りにご注意を頂いた事です。
余程の危急でないかぎり、可能な限り連絡は書簡で行え、と」
「ほう? 陛下から、念入りにですか」
「あの魔術の連絡ですが、手練れの魔術師なら、簡単に盗み聞けるそうです。
是非ともお急ぎで知らせたい、とお考えでしょうけど・・・
確かにレイシクラン家の方が結婚となれば大事です。
が、今回は特に身に危険のあるわけでもありませんし、書簡でと思いますが」
「ふむ。そういうことであれば、書簡をお送りしましょう。お父上もお母上も、お嬢様の顔を見てお話ししたいかとお思いでしょうが、これは仕方ありません」
「すみません。本当にご迷惑をお掛けします。
後日、また魔術の連絡で、結婚の事は隠しつつお話をして頂ければ」
「分かりました」
「それと、私の両親にも、是非とも知らせたいのですが、問題がありまして」
「問題とは?」
「はい。私は家を放逐されています。
トミヤスの姓を名乗ることは、許されています。
ですが、勇者となるか、天下一となるか、武を捨てるか。
それまで、敷居をまたぐことは許されておりません」
「なんと・・・それはまた、随分とお厳しい。
トミヤス流の跡を継ぐ為の試練、というものでしょうか」
「私には、父上の考えは分かりませんが、おそらくそんなものでしょうか。
道場稽古だけでなく、世に出て、実際に戦い、腕を磨け、と。
まさにその通り、あの試合を行う前から、自分の無知と未熟を、何度も思い知らされました。
道場は隣村。すぐ近くです。
クレールさんには、私の父上、母上に挨拶に行って頂きたい。
先の理由で、私は実家に行けませんが、クレールさんは問題ありませんので」
「ふむ」
「もちろん、こちらへ呼ぶことも出来ます。
しかし、父上の性格を考えますと、ちょっと・・・
門弟をぞろぞろ引き連れて、どんちゃん騒ぎ、なんてことも、十分あり得ます。
マツさんの事もありますし、出来れば目立つ事は避けたいのです。
私の理由で本当に申し訳ありませんが、クレールさんがご承知して下されば」
「お嬢様がご承知であれば、何も問題ありません。
お嬢様もお断りはしますまい。
何しろ、マサヒデ様のご実家です。むしろ喜んで参りましょう」
「それは良かった」
「馬車は用意致しますが、なるべく目立たないようにします。
庶民のものであれば、問題ありませんかな」
「うちの道場には、貴族の方々も多く弟子入りされています。
ですので、普通に貴族の方も、稽古の様子を見に来られたりします。
わざわざ庶民のものにまでしなくても、問題ないと思います。
ただ、あまりに豪華すぎますと・・・少し、抑えて頂ければありがたいです」
「分かりました」
「あと・・・クレールさんの立場というか・・・」
「何か」
「私に、嫁に入るという形は可能でしょうか」
「問題ないでしょう。何せ、マサヒデ様は魔王様の姫を嫁に取っておられる。
魔王様の家に婿入りしたわけではないのでしょう?
そのような方に、レイシクラン家は許さない、こっちに来い、などとはとても」
「助かります」
「もうひとつ。これはマツさんからです。
クレールさんを迎えるに際し、正妻の座だけは、どうしても譲れないと。
クレールさんには、第二婦人と・・・」
「はーっはっは! まさか魔王様の姫を抑えて正妻に、などと!
ご心配には及びませんとも。お嬢様も、不満には思いますまい」
「では、最後に。
先程言った通り、私は勇者になるまで、家に戻れません。
つまり、私は勇者祭の参加者。この町にも、そう長くはいられません。
旅立たねば・・・」
「・・・すぐに、お嬢様と離れると・・・」
「はい。ですが、もしクレールさんが望めば、私と共に旅へ、と願っています。
ご存じの通り、危険な旅になるでしょうけど・・・」
「そうなりますと、さすがにお嬢様の判断のみで、とは参りません。
お父上、お母上に了承を得なくては」
「当然ですね」
「それに、旅となりますと・・・ますます食事の問題が」
「む・・・確かに・・・」
「確かに、お嬢様はここまで国を離れて旅をして来ましたが・・・
それは、我らがお嬢様のお世話をして来たから、可能であったことです」
「やはり、そうですか」
「ええ・・・たとえ、ご両親から旅の許しを得たとしてもです。
旅となりますと・・・
せめてひと月に一度くらいは、ちゃんと食事をとっていただきませんと」
「ひと月に一度、ですか・・・」
マサヒデも腕を組んで、天井を仰いでしまった・・・
と、アルマダが、がたんと音を立てて立ち上がる。
「ちょっと待って下さい。
ひと月に一度? 今、ひと月に一度と申されましたか?」
「はい・・・最低でも、ひと月に一度は・・・」
ん?
「・・・」
「マサヒデさん、ひと月に一度ですって」
あ、となって、マサヒデはぽかーんとしてしまった。
「・・・」
「すみません、確認します。
レイシクランの御一族は、毎日あのくらいお食事はなされないのですか?」
「? ええ、もちろん。毎日は食べませんとも。
パーティーなど、ご会席となれば、何と言っても食のレイシクラン。
用意されたものは食べねば失礼。というわけで、お食べになりますが」
「普段は、あんな量を食べないってことですか?」
「はは、まさか。毎日あんな量を食べては。
お嬢様も今頃、豚のようにぶくぶくと太っていますよ」
執事は笑顔を向けた。
どうも、見解に違いがあるようだ。
「つまり、食べることは可能だが、毎日あの量を食べる必要はない。
だが、ひと月に一度くらいは、多く食べねばならない。
そうですね?」
「ええ。その通りですが、それが何か」
「それなら、十分に旅は可能では?
町から町へ、歩いてひと月もかかるようなことは、まずありませんよ」
「しかし・・・そうなれば、道中、お嬢様のお食事が・・・」
「食事の『量』ではなく、『質』の心配をされていたのですね?」
「その通りです」
「では、それも含めて、本人もご両親もご承知下されば、旅は行ける?」
「まあ、そうではありますが・・・
食で名だたるレイシクランの者が、毎日粗末な食事は・・・
お嬢様が、どれだけ悲しむことか・・・」
アルマダは「きりっ!」とした顔で、マサヒデに向けて言った。
目が何か合図を送っている。
「確かに、食で名高いレイシクラン家の者が、まともな食を食べずに旅など・・・
クレール様には、どれだけつらいでしょう。
クレール様の誇り、どれだけ傷つきましょう。
そんな旅に、誘おうなどと・・・たとえ夫と言えど、厚かましい事、甚だしい」
そして、執事の方へ顔を向ける。
「このアルマダ=ハワード、誘いの際は立ち会わせて頂きます!
しかと、無理にお誘いをさせるような事はさせません!」
執事に見えないよう、アルマダがマサヒデの方を向き、ちらっと笑みを浮かべる。
「この事、食事の事もあわせ、必ずご両親の承諾を得た上で。
どれだけつらい事があるか分かりませんが・・・
それでも、クレール様がご承知であれば、ということに。
今はきっと、結婚したばかりで夢見心地のはず。
誘えば、クレール様は、必ず行く、とお答えしましょう。
数日、時を置き、クレール様が落ち着いた頃に、お話しするとしましょう。
その後、クレール様にも、しかと考えて頂いた上で。
あなたも、クレール様とは長いようだ。
彼女と、よく相談してくれますか」
アルマダが厳しい顔で、マサヒデの方を向く。
「マサヒデさん! これでよろしいですね!」
アルマダが目で合図を送る。
マサヒデはつらそうな顔をして、下を向いて頭を抱える。
もちろん、演技だ。
「私が、武の道に生きる者であるばかりに・・・クレールさん・・・
くっ! それでも、私はあなたと、もう一時も離れたくはないんだ!
クレールさん・・・私の我儘で、どれだけつらい思いを・・・」
マサヒデの迫真の演技が決まった。
執事がだらだらと涙を流し始める。
「マサヒデ様! 武に生きる者の苦しみ、さぞや・・・うっ・・・!
あなたのお嬢様への愛! 武の道に挟まれた、その苦しみ! いかばかりか!
お父上、お母上も、さぞおつらいでしょう! しかし!
しかし、お嬢様がご了承とあらば、私がしかと説得致します! 必ずや!
周りの者も、全て! 私が必ず説得致します!
マサヒデ様! お嬢様を、どうかお嬢様を、お願いします!」
執事は声を抑えて、うぐ、うぐ、と俯いて泣き出した。
アルマダは執事の肩に手を置いた。
「・・・あなたも、クレール様がそんな旅に出るとなれば、きっとつらいはず。
心中、そんな旅になど、と思っていることは、分かっています。
なのに、あなたは、ご両親を、周囲を説得して下さる、と仰ってくれた・・・」
「ううっ!」
「あなたの、クレールさんを大事に思う気持ち。
マサヒデさんの苦しみを思って、流してくれた涙。
私は、あなたを心から尊敬します。
執事としてではない。一人の人として・・・」
アルマダの一言が、執事にとどめを刺した。
「おお! おお・・・」
ついに、執事は声を上げて泣き出してしまった。
・・・これは、効きすぎてしまったようだ。
がらんとした広いロビーに、執事と、マツと、クレールの泣き声が響く。
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