第3話 忍者への懸念・2
「たとえば、家族に不幸があって、実家の仕事を引き継ぐとか、結婚して仕事をやめたくなるとか、色々とあると思いますが」
「どのような理由にせよ、この仕事に就いた以上、やめることは許されません」
「なぜですか」
「彼女達は特殊な知識と技術を持っています。
どちらも表に出してはいけない、漏れては困るものです。
年齢や怪我などで現場を引退した者も、事務職などで所属の省庁についてもらったり、養成所で働くことになります。
田舎に帰る者などには、死ぬまで監視と護衛が付きます」
「監視は分かりますが、護衛もですか?」
「他国からの引き抜きも当然困りますが、仕事の性質上、各市町村から各地の貴族、仕事内容によっては、他国の内部情報なども知ることになりますから・・・
やめたといっても、後で仕事に復帰されても困りますので、当然」
「さらわれたりとか・・・始末、ですか」
「はい」
「ふーむ・・・厳しい仕事なんですね」
「『それでも必要な仕事です』といった簡単な言葉では、とても表現出来るような仕事ではありません。
トミヤス様のような武術家も、厳しい世界でしょうが・・・彼女達も、厳しい世界に生きています」
「・・・」
「一応、特例のようなものもあります」
「特例といいますと?」
「例えば、王のような高い身分の方の護衛をする場合です」
「それが特例になるんですか?」
「はい。例えば王であった場合ですが、城内では騎士に守られている王にも、ご家庭はありますな」
「それは、そうですね」
「そこで、彼女達の出番です。
まあ、色々なやり方がありますが、相応の身分を持った後、城内へ。
ご家族付きの侍女であったり、時には養子や妻であったり。
表向きは王の家庭の一員として暮らしつつ、王自身はもちろん、ご家庭内の安全を陰ながら守ります」
「そんなこともしてるんですか?」
「はい。こういった場合、各省庁つきの者では逆に目立ちますので、このような者達は『いなくなった』ことになります」
「『いなくなった』?」
「ま、色々ありますが、表向きは、始末されたり、どこかに拉致されたり、ということを装ったりとか」
「へえー・・・」
「まあ、特例と言っても、省庁つきにならない、というだけですね。
身分の高い方々の近くにいることになりますから、当然、彼らの事を知ってしまうわけで・・・自分からやめることは許されませんし、何らかの理由で解雇などされたりした場合、やはり監視と護衛がつくことになります。
まあ、いずれかの省庁に復帰したり、養成所で働く者もいますな」
「特例といっても、結局あまり変わらないんですね」
「はい。と言っても、身分の高い方々の近くにいる者が解雇や引退などされた場合は、忍でなくとも、監視や護衛がこっそりついていますよ」
「え! そうだったんですか!?」
「当然ですとも。先程言った通り、自然と彼らの事を詳しく知ってしまう事になりますので」
「あ、そうか・・・そりゃそうですよね」
「ご質問は以上ですか?」
「はい・・・あ、いや。旅の途中で試験に合格となった場合は?」
「最後まで同行することが条件となっておりますので、ご心配なく」
「分かりました。以上です。ありがとうございました」
「では、彼女をお連れ頂けますでしょうか?」
「もちろんです」
「ありがとうございます。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願い致します」
サイードがぐっと頭を下げる。
「ご足労いただき、ありがとうございました」
「それでは」とサイードが出て行った直後。
メイドがくるりと振り向き、
「ハワード様、少しよろしいでしょうか」
「なんでしょう」
「トミヤス様にご挨拶をしたく」
アルマダは「なんだ?」という顔をしたが、すぐに察したのか、
「ああ・・・そういうことでしたか。では、出ています。終わったら呼んで下さい」
アルマダは立ち上がって、ドアを開けて出て行った。
ぱたん、とドアが閉まると、メイドがマサヒデの方を向いた。
「それではトミヤス様。これからよろしくお願い致します」
と言って、メイドが頭を下げた。
「は? はい、よろしくお願いします?」
ばっ、とメイドが服を脱ぎ捨てると、全身にぴったりしたタイツのような物を着た、別人が現れた。
顔も髪も、目の色まで違う。全くの別人だ。
ぺた、と頬を触り、
「こちら、私の本物の顔となりますが・・・
主となる方へのご挨拶ということで、今回は見せる事を許可されております」
「は?」
「この顔は、お忘れ頂きますと、幸いです」
「はあ・・・」
「? どうかされましたか?」
「あの、あなたは」
「情報省技術局所属、スパイ養成所、仮教員のカオル=サダマキです。
本日より、トミヤス様にお仕え致します」
いきなり服を脱ぎ捨てたと思ったら、顔も髪も全く違う女が目の前に。
驚いたマサヒデも、やっと思考が追いついた。
「ああ! すみません、忍の方ですね! 失礼しました。
その、いきなり服を脱いだので、驚いてしまって・・・」
「これは申し訳ありませんでした。驚かせてしまいまして。大変失礼致しました」
カオルが頭を下げた。
「い、いえ。気付かなかった私が悪かったです。すごい変装ですね! 驚きましたよ!」
「お褒め頂き、光栄です」
赤茶色の明るい髪、白い肌、茶色の目・・・
落ち着いてくると、カオルの格好が目につく。
全身ぴったりしたタイツなのだ。
身体の線がばっちり見えてしまう。
「あの、カオルさん、と呼んでいいですか」
「は。トミヤス様のお好きに呼んで頂ければ」
「あのですね・・・正直に言いますね。
あなたの今の格好、私には目の毒です。何か着てもらえますか」
「は。大変失礼致しました」
ばさ、と音がして、また先程のメイドの姿になる。
顔も変わっている・・・
「トミヤス様、早々で申し訳ありませんが、申し上げておかねばならないことが」
「なんでしょうか」
「先程のカオルという名は偽名といいますか・・・元々、私、名がございませんので」
「え?」
「カオル=サダマキも、今回の試験の間だけの名でございまして」
「名がない? 試験の間だけ?」
「はい。養成所から、試験の間はこの名を使うように、と」
「じゃあ、カオルさん、本名がない?」
「ございません」
「産まれはどこなんですか?」
「分かりません」
「じゃあ、年齢はいくつですか? 私、16ですけど」
「おおよそは分かりますが・・・大変申し訳無いのですが、お答え出来ません」
「答えられないというのは、仕事上の理由で?」
「はい」
「おおよそというのは?」
「物心ついた頃から養成所におりましたので・・・
それが何歳の時だったのか分からないものですから」
「・・・そうでしたか。すみません、お答えづらいことを聞いてしまって」
「いえ、我々の間では普通のことです。名がある、年齢が分かっているという方が、珍しいのです」
「そうなんですか」
「そういう仕事ですので」
「・・・分かりました。改めて、よろしくお願いします」
「はい。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「では、アルマダさんを呼びましょう」
「はい」
カオルがドアを開け、アルマダを呼んだ。
「ハワード様。お待たせして、申し訳ありません。主への挨拶、終わりました。どうぞ中へ」
「はい」
アルマダが入ってきて、元の席に座る。
マサヒデはアルマダに彼女を紹介する。
「アルマダさん、こちら、カオル=サダマキさんです。忍の方です」
「はい。サダマキさん。よろしくお願いします」
「ハワード様、よろしくお願い致します」
アルマダがカオルに説明を始めた。
「早速ですが、マサヒデさんの旅に着いていくのに、簡単な条件がありますので、サダマキさんへご説明しますね」
「はい」
「あ、カオルさん。座ってもらって」
「トミヤス様。今の私はメイドですので、ここで控えております」
「はあ・・・」
いきなり服を脱ぎ捨てたと思ったら、ぴったりした全身タイツ。
顔が全くの別人になったり「今はメイドだから控えています」。
忍者と付き合うのも大変だ。
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