番外編5 泣き声




 エリーは母親のマリーと別れた後、保育士に連れられて教室に入った。教室ではまだ泣いている子供がいて、エリーはどことなく苛立っていた。

「……」

 エリーは苛立ちを表現することはなかった。ただ無表情まま、保育士の手を強く握りしめていた。

「は~い、みんな~、新しいお友達を紹介するわよ~! エリーちゃんです! みんなよろしくねー!」

 保育士が教室にいる園児達に向かって言った。泣き声が一瞬止んだと思ったら、また泣き声が教室中に広まる。

「エリーちゃん、挨拶をお願いします」

「……」

 エリーは黙ったまま、ただ真っ直ぐに前を見つめていただけであった。保育士は再度促すがエリーは動じない。

「……」

「と、とにかくみんな、エリーちゃんと仲良くしてね」

 エリーは適当な椅子に座り、絵本を読み始めた。『おかあさん』という題名の本で、表紙につられて手に取ったのだ。

「わたしアヤ、エリーちゃん、よろしく」

「……」

「エリーちゃん、なによんでるの?」

「……」

「エリーちゃん?」

「ぇと……」

 エリーと同じ日本人の親を持つアヤは真っ先に駆け寄り、エリーに話しかけた。しかしエリーは言葉に詰まり、きちんと返事をすることができなかった。

「へんなの~」

 そう言うとアヤは別の友達のところに移動した。

 ぽろっと一粒の涙が頬を伝った。エリーはそれを絵本で隠し、袖で拭う。誰にも見られないように。


 給食の時間。

 配給された食事がテーブルに並ぶ。ロボットが作ったものでどこか味気ない。

「おれ、ぐりーんぴーす、きらーい!」

「ヘンリーくん、きちんと食べないと大きくなれませんよ」

「やだ! きらい! きらい!」

 だだをこねるヘンリーをよそに、好き嫌いの激しいエリーは平然とグリーンピースを食べた。エリーの好き嫌いの基準は謎であった。

「へんなやつ~!」

 ヘンリーにも変な人間だと言われたエリーは堪えきれなくなり、ついに泣き出してしまった。泣き虫ヘンリーの名を持つ彼でさえも驚く程の大きな声でエリーは泣いた。

「エリーちゃん、泣かない泣かない」

 保育士があやすがなかなか泣き止まない。最終的に廊下に連れていかれて、そこでようやく泣き止んだ。

「エリーちゃんは強い子なんだから泣かないように」

「……」

「今日が幼稚園、初めてだから仕方ないわよ」

「……」

「さあ、教室に戻りましょう」

「ぃゃ……」

「え?」

「いや!」

 駆け出したエリーをすんでのところで捕まえる。

「と、とにかく、教室に戻りましょう、ね」

「いーやー!」

 暴れだしたエリーに保育士は困惑した。いっこうに落ち着かないので保育士はマリーに電話をし、迎えに来るように伝えた。


 マリーの姿を確認すると、エリーは駆け寄った。マリーの後ろに隠れるようなエリーを見つめながら保育士は「今日のところはこれで」と言った。

「申し訳ございません! 明日もどうかよろしくお願いします!」

「努力はしてみます」

 保育士はそう言うと園内に戻っていった。



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