もう一つの理由 1
ぱち、と目を開けたフィリエルは、もぞもぞとリオンの腕の中から抜け出した。
カーテンの隙間から朝日が漏れ入っている。
遠くから鳥のさえずる声がした。
ベッドの上でぐーっと背中を伸ばしてから、リオンの寝顔を覗き込む。
これは、フィリエルの日課だ。
でも、今朝は、いつもよりちょっとだけ気恥ずかしい。
(陛下が、ちゅってするからよっ)
猫の姿とはいえ、鼻先にキスをされてフィリエルは飛び上がりそうなほどに驚いた。
実際は驚きすぎて固まっただけだったが、リオンは、何を思ってキスなんてしたのだろう。
(まあでも、愛犬とか愛猫にキスする人もいるもんね?)
きっと、他意はなかったのだろう。
そう思うと、少しムッとする。
昨夜はドキドキしてなかなか寝付けなかったのに、リオンはあっという間に寝入ってしまったからだ。パーティーで疲れていたのと、お酒が入っていたのもあるだろうが、フィリエル一人動揺して馬鹿みたいである。
「にゃー」
ぺし、と力を入れずにリオンの頬に猫パンチをお見舞いしてみる。
この程度では、リオンは起きない。
寝顔をじーっと見つめていると、なんだか、昨日のお返しをしたくなってきた。
(驚いて、あんまり覚えてないからねっ! 感触とか!)
リオンは寝ている。仕掛けるなら今のうちだ。
そーっと顔を近づけて、リオンの口に口を寄せる。
あとちょっと、あとちょっと、とドキドキしながら一ミリずつ近づいていると、「ん」とリオンがくぐもった声を上げた。
(わっ)
起きる、と思って逃げようとしたフィリエルを、ぬっと伸びてきた二つの腕が捕らえる。
ぎゅうっと抱き込まれて、フィリエルは思わず「にゃあっ」と鳴いた。
「おはよう、フィリエル」
「みゃあー」
(おはようございます)
返事をすると、ふふ、と笑われた。
「起きても猫のままだな。……どうしたら、戻るんだろうな」
「にゃー」
(わかりません)
「昨日、たくさん話ができると思ったんだが……、残念」
「な?」
(残念?)
残念だと、思ってくれたのだろうか。
フィリエルが驚いていると、リオンがフィリエルを抱えたまま上体を起こした。
「ステファヌ殿下たちには、フィリエルはまた寝込んだってことにしておくよ」
「みゃあ」
(すみません)
「それから今日、ステファヌ殿下たちが君を……というより君の人形を見舞う予定が入っているけど、一緒に行くだろう?」
「なあ!」
(もちろん!)
あの人形は、見た目だけはとても精巧だが、いろいろ不安だ。長時間見られると怪しまれる可能性が高いので、さっさと切り上げさせねばならない。
(最悪部屋の中で大暴れしよう)
猫が暴れればそちらに視線が向くだろう。あとはリオンが何か理由をつけてステファヌたちを部屋から追い出してくれるはずだ。
我ながらいい作戦だとほくそ笑んでいると、リオンが「なんか不安になる顔をしているね」と言った。失礼な。
「予定は午後からだから、ヴェリアのところに迎えに行くよ」
「なあ!」
ステファヌたちがコルティア国に滞在するのは今日を入れてあと四日。
何とかこの四日を切り抜けるのである。
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