猫王妃と王 4
裏の森に向かったはいいものの、森は広すぎて、この中から小さな猫を探すのは非常に困難なことに思えた。
頭の中を占めそうになる絶望を、頭を振って払いのけ、リオンは声を張り上げる。
「フィリエル――‼」
まさか自分が、妻の名を呼び、必死に彼女を探す日が来るとは思わなかった。
ずっと王妃は「王妃」で、リオンにとってそれ以上でも以下でもなかった。
彼女の名前がなんであろうと、リオンには「王妃の椅子に座ってくれている女」以上の意識を持ったことはなかったし、きっとこの先もそうなのだろうと思っていた。
それなのに今、彼女を失うことがこんなにも怖い。
ここまで全速力で走って来たから息が切れる。
けれども叫ぶことをやめたら、その一瞬のうちにフィリエルがどこか遠くへ行ってしまうような気がして、リオンは何度も声を張り上げた。
「フィリエル! どこだ⁉」
実際のところは、まだ頭が混乱している。
可愛がっていたリリがフィリエルだと、頭が理解しても心が追いつかない。
でも、リリがフィリエルだとわかった今、リリとフィリエルを切り離して考えることはできない。
リリの正体がフィリエルだったから、ではこれまでの「リリ」はなかったことになるのかと言えばそうではなく、逆にフィリエルがリリになっていたから、リリに出会う以前の彼女が消えてなくなるわけでもない。
リリへの感情、フィリエルへの感情、その二つは別物で、まったくベクトルの違うものだった。
彼女を見つけて、どう接していいのか、どう接するべきなのか、リオンにはまだわからない。
わからないけれど――戻ってきてほしいのだ。
「フィリエル! 頼むから、出てきてくれ‼」
このまま、いなくならないでほしい。
置いて行かないでほしい。
(俺を、また一人に戻さないでくれ……)
ぎゅっと唇をかんだ時、遠くで「にゃあ」と小さな鳴き声がした。
ハッと顔を上げて、リオンは反射的に駆けだす。
走りすぎて心臓が苦しいとか、そんなことはどうだっていい。
「フィリエル‼」
打ち捨てられ、廃墟と化した塔の中。
いつの間に塔の中が改造されていたのだろうかとか、そんなこともやっぱりどうでもよくて。
ラグの上でじーっとしている銀色の毛並みの猫を見つけたリオンは、全身から力が抜けていくのを感じた。
猫は動かない。
ただ、綺麗な紫色の瞳で、じっとリオンを見つめている。
そこにあるのは警戒なのか、それとも恐怖なのか。
勢いよく近づけば怯えさせてしまいそうで、リオンはその場に膝をついた。
「おいで」
両手を差し出すと、フィリエルが小さく震える。
じっとリオンの手を見て、そしてリオンを見て、彼女はゆっくりと起き上がった。
躊躇いがちに、一歩、また一歩と近づいてくる。
リオンは動かない。
ただ、フィリエルがリオンを選んで、側に来てくれるのを待った。
「にゃー」
消え入りそうな声で鳴いて、フィリエルがリオンの手に、そっと頭を押し付ける。
嫌がられるかと不安になりつつ、慎重に抱き上げると、彼女はリオンの腕の中でじっとしていた。
「フィリエル……。いろいろ聞きたいことがあるし、俺も話したいことがある。城に、帰ろう?」
フィリエルはリオンの腕の中で顔を上げて、「にゃあ」と鳴いた。
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