猫王妃と王 3

 リリを、フィリエルを追いかけなければと、それしか頭になかった。

 可愛がっていた愛猫が、突然人間の――いなくなったはずの妻の姿になったことへの驚きよりもまず、走り去った彼女を追いかけなければ、と。

 そうしなければ、このままリリを、フィリエルを、失ってしまう気がしたのだ。

 けれどもリオンは国王で。

 この場を放置して、猫を追いかけることはできない。


「証言者は数名いればいい! 生死は問わん! 全員、さっさと切り捨てろ‼」


 悠長に全員生きて確保しようとすれば時間がかかりすぎる。

 リオンの命令に、騎士団長が真っ先に動いた。

 手加減という枷を外した騎士団長は、残っていた男三人を意図もあっけなく切り伏せる。

 そして、玄関の部下たちに大声で檄を飛ばした。


「手加減はいらん! さっさと切り伏せろ‼」


 その声に、おおっと低い地鳴りのような声がして、響く悲鳴と剣戟の音が大きくなった。

 リオンは剣を持って、王太后に歩み寄る。

 先ほどまで余裕そうに笑っていたサンドリーヌの顔は、引きつったように強張っていた。

 短剣を構えたメイドがサンドリーヌを守るようにリオンに切りかかったが、お粗末な正面からの攻撃に、リオンがひるむはずもない。


(こいつは生かしておいた方がいいな)


 そう判断し、メイドの短剣を剣で弾き飛ばすと、そのまま彼女の腹に膝を回し入れた。

 体をくの時に折り曲げて、メイドがあっけなく昏倒する。

 そして、切っ先を王太后の突きつけると、蒼白な顔をした母がキッとリオンを睨みつけた。


「母親に、剣を向けるなんて……!」

「その母親は、我が子を殺害していようとしていたようですが?」


 淡々と言い返してやると、サンドリーヌの顔が怒りにゆがむ。

 昔は怒った母が怖かったなと思い出しながら、リオンはまっすぐに母を睥睨した。


 不思議なものだ。

 母を――この女を見ても、もう、何も感じない。心ひとつ、動かない。

 そして、リオンの心を凍てつかせた本人が、母子の情に訴えるなど、愚かしすぎて笑うことすらできなかった。


「王太后を捕縛し、地下牢に閉じ込めておけ。関係者もすべて洗い出して全員捕縛するぞ」

「リオン――!」


 王太后が何やら喚きはじめたが、リオンはくるりと踵を返すと後を騎士団長に任せて玄関の様子を見に行くことにした。

 玄関で起きていた騒動も片付いていて、全員が床に切り伏せられている。


「生きているものは捕縛して連れて行け。生死の確認はきっちりしろよ。一人も逃がすな」

「「「御意‼」」」


 騎士たちがサッと敬礼姿勢になる。

 リオンが頷くと、その中の一人から「あの」と声をかけられた。


「なんだ?」

「そん、お猫様が……先ほど走って行かれましたが」


 リオンはひゅっと息を呑んだ。


「どこに……、どこに行った⁉」

「あちらの方角です。おそらく裏手の森ではないかと……」

「……そうか」


 ぎゅっとリオンは拳を握る。

 走り出したい衝動を必死にこらえていると、王太后以下の捕縛を完了した騎士団長が顔を出した。


「陛下。このあとの指示は私でできます。本当は護衛もつけずお一人で向かわせるのは嫌なのですが……、今なら構いませんよ」


 リオン同様、リリがフィリエルの姿に変わるのをその目で見ていた騎士団長が、顔に若干の戸惑いを浮かべながら言う。


「――ありがとう」


 リオンは、駆けだした。



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