猫王妃と王 1
サロンに男たちが飛び込んできた瞬間、リオンが抱いたのは驚きではなく諦観だった。
母サンドリーヌは、リオンを嫌っている。
正確には、リオンのこの顔を憎んでいるのだ。
心の中ではいつかこんな日が来るのではないかと思っていたし、同時に、こんな日は来てほしくないとも願っていた。
だが、離宮に引きこもっている母だけで立てられるような計画でもないだろう。
(間違いなく、協力者がいるな)
なんとなく、母に協力しそうな人間には心当たりがある。
部屋に中に武器を持っている男が乱入してきたのだ。もう、どうあっても後には引けない。
ならば、ここで乱入者ともども母を捕縛し、母に協力していた人間も洗い出して、すべての膿を出し切るのが得策だろうか。
(母上はずいぶんと余裕そうだが……)
離宮の外にも護衛騎士を待機させているが、サンドリーヌはあちらにも手を回してあるはずだ。しかし、それだけでここまで余裕でいられるだろうか。
騎士団長とリオン。相手の生死を問わなければ、この部屋にいる人間すべてを切り捨てることは造作もない。
できるだけ生かして捕らえようと手加減しているから騎士団長は一人ずつ潰していっているのであって、相手の生死を問わなければすでに決着はついていた。
騎士団長によって利き腕と足の腱を切られ、昏倒させられた男が二人床に転がっている。
狭いサロンの中だ。下手にリオンが動けば騎士団長を邪魔する結果になりかねないので、リオンはただ抜身の剣を構えて様子見に徹するしかない。
男が二人床に転がされても、サンドリーヌの余裕の表情は崩れない。
(なんだ。何故、母上は余裕なんだ……?)
リオンが、母親を断罪しないとでも思っているのだろうか。
いや、そんなはずはない。
では――
リオンがサンドリーヌの余裕の理由を探して、部屋の中を見渡した時だった。
「にゃあああああああ‼」
突然、リリが大声で鳴いて、床を蹴って飛び上がった。
血の匂いにパニックになったのだろうかと思い、慌てて手を伸ばしたリオンの目の前に、ヒュンと何か小さなものが飛んでくる。
「リリ‼」
吹き矢だとわかった瞬間リオンは悲鳴を上げたが、リオンの指先がリリに届くより前に、目の前でバチッと火花が散った。
あまりの眩しさに一瞬目を閉じたリオンは、目の前の光景が信じられなかった。
ふわりと揺れる、柔らかく波打つ銀色の髪。
大きな、紫色の瞳は愕然と見開かれている。
息を呑んで、それからかすれる声で、半信半疑になりながら「――フィリエル?」と呼びかけると、彼女が勢いよくリオンを振り返った。
綺麗な紫色の瞳がリオンを映す。
ああ――、と。
考えるより早く、リオンは理解した。
(リリは……王妃……フィリエルだったのか)
だが、理解はできても、頭がついて行かなくて。
茫然と目を見開いたまま動けないリオンの前で、フィリエルの顔がぐしゃりと泣きそうにゆがんだ。
直後、はじかれたように走り出す。
「リリ……フィリエル‼」
リオンも慌てて追いかけようとしたが、「いけません!」という騎士団長の声に足を止めた。
開け放たれたままの扉から飛び出したフィリエルの姿が、人から猫の姿へと代わる。
そのまま勢いよく走り去ってしまった猫に、リオンの目の前が暗く染まる。
王太后の表情から余裕が抜け落ちて、驚愕に染まったとか、そういうのも何もかもどうでもよくて――
「証言者は数名いればいい! 生死は問わん! 全員、さっさと切り捨てろ‼」
リオンの焦燥に駆られた怒声が、離宮に響き渡った。
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