猫、暗躍す 2

「にゃ⁉」

(猛毒⁉)


 フィリエルは真っ黒くなった液体を見てぶるりと震えた。人間だったら青ざめていたところだ。


「にゃにゃ!」

(なんでそんなものがシュミーズのポケットに⁉ しかも洗濯籠にあったよ⁉)

「さてねえ。入れたまま忘れて洗濯に出したか、もしくは……洗濯に紛れ込ませて、誰かに渡すつもりだったか、かねえ。例えばメイドの誰かに、とか? どっちにしろ、毒物だ。ろくな理由じゃないだろうけどねえ」


 ヴェリアの言うとおりである。

 毒――それも猛毒を所持している時点で、ろくな理由ではなかろう。


「その侍女だっけ? 今は何をしてるんだい?」

「みやー」

(さあ? わたしがいなくなって三か月以上たったから、さすがに王妃付きの侍女まま……ではないと思うけど、洗濯が出てたってことはまだ城で働いてるのかな)

「探るかい?」

「にゃあ!」

(当然!)


 毒を所持していたのだ。もちろん放置なんてできない。最低でも、毒を所持していた理由を調べなければ安心できないからだ。


(毒ってことは誰かに飲ませるつもりだったんでしょ? 相手が誰かは知らないけど、ヴェリアが猛毒って言うくらいだから死ぬようなもののはずだもの。このままにはしておけないわ!)


 宰相の近辺も気になるが、毒の方が優先だろう。

 鼻息荒く頷くと、ヴェリアが「言うと思ったよ」と苦笑した。


「ちょっと待ちな。猫だから警戒されないって言ってもね、毒なんて持っているやつの側をうろうろするのは危ないだろうからね」


 ヴェリアは立ち上がり、医療道具が置かれている中から注射針を取って来た。


「にゃ⁉」


 注射をされるのかと、フィリエルが慌ててソファから逃げようとすると、けたけたと笑いながら「違うよ」と言われる。


(注射じゃないのに、なんでそんなものを持ってくるの?)


 不思議に思っていると、ヴェリアが、やおら注射針を自分の人差し指の腹に突き立てた。


「にやああ⁉」

(何してるの⁉)

「まあ見ておいで」


 針を突き立てた指の腹から、ぷっくりと鮮血が盛り上がる。


「にや~」

(痛そう……)

「それほど痛くないよ。いいから、少し黙ってな。結構集中力がいるんだからね」


 ヴェリアの指の先の血の玉が少しずつ大きくなる。指を伝って流れ落ちるかと思ったが、どういうわけかどれだけ大きくなっても丸い球のままだ。


「こんなもんかねえ」


 血の玉が直径五ミリくらいの大きさになると、ヴェリアが口の中で何かをつぶやいた。

 血が一瞬光り、コロンとヴェリアの手のひらに転がり落ちる。


「みゃ⁉」

(え? 固まった? どうなってるの⁉)


 固まった血の玉は、まるでガーネットのようだ。

 ヴェリアはその玉を持ってフィリエルに近づくと、首に巻かれているエメラルド色のクラバットをほどいた。


「ちょいと借りるよ」


 そう言って、ぱちんと指を鳴らすと、クラバットの隅に赤い玉が縫い付けられたように固定される。

 フィリエルの首にクラバットを結びなおしてヴェリアは笑った。


「魔女の守りだよ。これで誰もあんたを傷つけることはできない。ただし、効果は一度きりだけどね」

「にゃ⁉」

(すごい! ヴェリア、ありがとう!)

「どういたしまして。ただ、守りがあるからって無茶をするんじゃないよ?」

「に!」

(わかってるって!)

「本当かねえ。あんた、猫になってから結構無茶するからねえ……。何かあったらすぐにここに来るんだよ。それから、これはあたしが処分しておこう」


 ヴェリアが黒く変色した猛毒の入った小瓶を手に取る。

 彼女がぽん、と瓶を宙に投げた直後、それは粉々になって跡形もなく消え去った。


(前から思ってたけど、ヴェリアって、結構すごい魔女なのかな……?)


 魔女や魔法使いの数が激減している現在、フィリエルにはほかの魔女の知り合いはいない。ロマリエ国にいた時も、周りに魔女や魔法使いはいなかった。比較対象がいないのでわからないが、涼しい顔でいろいろな魔法を操るヴェリアはすごいと思う。


「なー?」

(ねえヴェリア。ヴェリアはなんで、わたしにそこまでしてくれるの?)


 するとヴェリアは、ぽん、とフィリエルの頭に手を置いて、ふふっと楽しそうに笑った。


「あんたはあたしを、ただの友達として見てくれるからねえ」


 ヴェリアの言うことは、フィリエルにはちょっとよくわからなかった。





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