SIDEリオン 気まぐれな猫 3
リリと名付けた猫は、おとなしいように見えてなかなか手ごわい猫だった。
「にゃあああああ‼」
まず、風呂に入れようとすると暴れる。
そう思えばいきなり死んだように動かなくなって、リオンの心を凍り付かせた。
しかし部屋の中で留守番をさせていれば、一人でいい子にしているので、リオンは安心していた――のだが。
血相を変えて呼びに来たメイドに連れられて自室に戻ったリオンは茫然とした。
思考停止、という言葉が正しいかもしれない。
猫を飼うというのは一筋縄ではいかないものだと、荒れ果てた自室を見て痛感した。
けれども、可愛がるだけではなくしつけも必要だろうと叱りつけたら、「なー」と力なく鳴いてふるふると震えはじめたので、怒ろうとした気分がしおしおと縮んでいく。
こんなに小さいのだ。叱ったりしたら死んでしまうかもしれないと、むしろリリを一人で留守番させていたことに罪悪感を覚えた。
部屋の片付けも必要だし、一人にしたらまた同じように淋しがって暴れるかもしれないと、リオンはそのままリリを執務室に連れて行った。
一人がけのソファに座らせると、さっき部屋で大暴れしたのが嘘のようにおとなしくしている。
(本当に気まぐれな猫だな)
暴れたいときに暴れて、気分じゃなければ大人しくしている。
気まぐれで自由で――ものすごく可愛い。
珍しい外見の猫だし、毛もふわふわで手入れがされているようだったので飼い猫だろうと思ったが、このまま飼い主が見つからなければいいのにと思う。
そうしたら、リリはずっとリオンの側にいてくれるのに。
ミルクでお腹が満たされたら眠たくなってきたのだろうか、リリはソファの上でくつろいだ姿勢になり、扉の当たりに視線を固定してぼーっとしていた。
このまま仕事が終わるまで大人しくしていてくれるだろう。
リオンのそんな期待は、数時間後、ものの見事に裏切られることになる。
「リリ、待ちなさい! 捕まえろ‼」
メイドが休憩のためのお茶を運んできて、去ろうとしたとき、書類を持って来た文官とメイドの押すワゴンがぶつかって数枚の書類が床に散乱した。
何をしているんだかとあきれて書類を拾おうとした直後、視界の端で、リリが走り出すのが見えた。
ぶつかった音か、書類が落ちたことに驚いたのかもしれない。
部屋を飛び出していったリリに、リオンが焦って大声を出すと、部屋の外にいた兵士やメイドたちがリリを追い出した。
大勢に追いかけられることに怯えたのか、リリは大声で鳴いて走る速度を上げると、振り返ることなく突っ走っていく。
「リリ! 俺は少し休憩する‼」
このままではリリがいなくなるかもしれない。
焦ったリオンは補佐官にそう告げると、部屋を飛び出した。
手の空いていそうなメイドや兵士に声をかけて、リリを怯えさせないように静かに探すように頼む。
しかしリリはなかなか見つからず、城の中を駆け回りながら絶望したその時、廊下の角でうずくまる銀色の毛並みを見つけた。
「リリ‼」
ホッとして、ぎゅうっと抱きしめる。
「まったくお前は、どうしてこうお転婆なんだ!」
けれども、いつもは甘えてすり寄ってくる猫がピクリとも動かない。
綺麗な紫色の瞳でリオンを見上げた後は目を閉じてしまって、呼びかけても反応しなかった。
「リリ、どうした? 何か怖いことでもあったのか?」
背中を撫でても、喉をくすぐっても、「にゃあ」とも鳴かなかった。
不安になって侍医のもとに連れて行ったが「猫は専門外なので」と申し訳なさそうに首を横に振られる。
「すぐに腕の立つ獣医師を探せ!」
もしこのままリリが弱って死んでしまったらと想像するだけでゾッとした。
「リリ、追いかけたのが怖かったのか? 悪かった。な?」
抱きしめて、撫でて、何度も話しかけてもリリは目を開けない。
――その日から、リリは一口も食事を摂らなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます