第2話110番
私は、警察署に自首しに行ったのだが、自宅に戻った。
キッチンには、目を開き胸に包丁が突き刺さったままの妻の死体が転がっている。
私はこの初夏の時期に、死体の腐敗が遅れるように冷房を最大限に使い、ソファーでタバコを1本吸った。
きっと、110番すれば警察は動いてくれるだろう。
警察もマニュアル化が進んでいる。
スマホを手にして、110番した。
プルルル、プルルル
呼び出し音が聴こえる。
「もしもし、……」
『こちらは、羽鶴警察署です。音声ガイダンスに沿って、次の番号をお選び下さい。通話中の操作も可能です。事故は1を、事件は2を、その他、直接警察とお話しがある方は、3を押して下さい』
私は、3をタップした。
プルルル、プルルル
「はい、羽鶴警察署、小山田でございます。今回は、どの様なご要件で?」
「あ、あの私は今朝妻を殺害しました」
「目撃者はいらっしゃいますでしょうか?」
「いません」
「お調べしますので、しばらくお待ち下さい」
保留音が鳴る。曲はラデツキー行進曲であった。
「もしもし、お電話代わりました。竹下と申します。電話で自首された場合、身分証明書と後、事件の証拠となるモノをご持参の上、警察署の5番窓口に届け出を提出下さい」
「あのう……」
「ツーツーツー」
私は深いため息を付いた。
財布に免許証がある。これは、身分証明書になるだろう。後は、事件の証拠だ。
よし、写真を撮ろう。
スマホで妻の死体を写した。
また、15分掛けて警察署に戻る。
5番窓口に向かった。すると、5番窓口に立て札があった。
『只今の時間帯は、対応する職員が減る為、番号札をお取り頂き、しばらくお待ち下さい』
腕時計は昼の12時を少し回った頃だった。
私は、1時間パイプ椅子に座っていた。
「33番の札をお持ちの方」
私は番号を呼ばれて、窓口に向かった。
「2時間前に、110番された先崎様ですね?」
「はい」
「お電話頂き誠にありがとうございます。で、ですね。ちょっとお待ちを……あ、自首のお客様ですね。本日、身分証明書はお持ちでしょうか?」
「免許証を」
「はい、確認致します」
「お願いします」
「……はい、免許証をお返しします。それから、お電話口での自首の事ですが、何か事件を証明するものをご持参でしょうか?」
「こ、これを」
私は、妻の死体をオバサン職員に見せた。
「あぁ〜、困りますよ」
「何か、私は悪い事をしましたか?」
「スマホの死体は、偽装が多いので凶器か何か持参下さればよかったのですが」
「す、すいません」
「しょうが無い。イレギュラーですが、本件を受理します。そこの、後ろのパイプ椅子でお待ち下さい」
私は、やっと自首を認めて貰えた喜びで一杯だった。
30分ほど待つと、イカツイ顔の2人の男性が現れた。
「先崎純也様ですね?」
と、メガネの中年男性は警察バッヂを見せた。そして、若い男性もバッヂを見せた。
「殺人課の石田です。今回は、誠に残念な事で。必ずにくむべき犯人を捕まえて見せます」
と、メガネ刑事が言うと、
「どうか、我々にお任せ下さい」
と、若い刑事も続けた。
「先崎様、犯人らしき人物の存在をご存知ですか?」
私は、ため息をついた。また、これだ。
「すいません、刑事さん。妻を殺したのは私です。自首します。早く手錠を……」
「……いかんな、林君。被害者家族は事件で取り乱している」
「先輩、こんな時はどうするんでしたっけ?」
2人の刑事は、肩掛けバッグから分厚い本を開き、
「これだな」
「せ、先輩。いいんですか?」
「しょうが無い。マニュアル通りにしないと俺達のクビが飛ぶ」
「はい、分かりました」
Rの532項には、被害者家族には冷静に事件の経緯を説明する。と書かれていた。2人の刑事は取り敢えず私を落ち着かそうと背中越しに聴こえてきた。
2人の刑事はにっこり笑顔で、
「先崎様。少し、休まれたらいかがですか?」
「早く、逮捕して下さい!」
「まぁまぁ、こんな事件です。取り乱されるのは当然です。私どもの後を付いて来て下さい。そこで、詳しいお話しはお聴きします」
私は、やっと取り調べ室に入れる。妻を殺めたのだ。取り返しの付かない事をしたのだ。
2人の刑事が私を案内したのは、喫茶店だった。店名は、「パラダイス」だった。
そこで、私は糖尿病なのでブラックのアイスコーヒーを注文した。
メガネの刑事は、クリームソーダ。若い刑事は、パフェを注文した。
おいおい、学生じゃないんだから大人がクリームソーダ飲むなよ。
どうでも良いからさぁ、ここで逮捕してくれ!
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