新たな分岐点。
「暑い……」
季節の変わり目はいつのまにか過ぎ去り、今日もまたじめじめと蒸し暑い一日が始まっていた。
高い湿度と、頭上から容赦なく降り注ぐ直射日光に苛まれながら、俺はアスファルトの道路脇をだらだらと歩く。
そこかしこから鳴り響く虫たちの羽音が、またこの季節がやってきたことを知らせる。
大学が夏休みに入り、俺は実家に帰省していた。
「あんまり変わってないな……」
少し田舎なこの地域の住宅街は時折不規則に家が立ち並び、行きなれない場所だと迷路のように入り組み、たちまち人を迷わせる。
そんな場所でも、数年も暮らしていればもう庭のようなものだ。
どんなに風景が変わっても、その移り変わりとともにたくさんの思い出が残る場所。
昔はよく後輩の女の子と二人で歩いていた。一つ年下の女の子でちょっと変わった性格の子だった。
彼女はオカルトやらSFやらが好きで、隣でよくそんな話を聞かされていた。
そんな彼女が、ある日突然交通事故で亡くなってしまった。
高校二年目の夏の出来事だった。
そんな彼女との思い出が詰まった道を、俺は当てもなく歩き続けている。
彼女のことが好きだったのかと聞かれると、正直よくわからない。
だけど、一緒にいてそれなりに面白い毎日だったことは覚えている。
好きなことを夢中で話す彼女の瞳はいつも奇麗だった。
澄んだ瞳をいっぱいに開いて、無邪気で楽しそうに笑う彼女に、もしかしたら惹かれていたのかもしれない。
自分と違って、いつも笑顔で明るく振る舞う彼女がとても眩しかった。
そんな彼女のそばにいるだけで、なぜだか自分の日常が明るく彩られていくようだった。
「……、帰るか」
不意に胸が締め付けられるような感覚に襲われて、俺は踵を返す。
そんな時だった。
「あれ、ここどこ? なんか見覚えがある気もするけど……」
近くからそんな声が聞こえてくる。
「んー……、こんな道だったっけ? なんか違うような……」
T字路の曲がり角から声がだんだんと近づいてくる。
どうやら女の子の声みたいだ。言葉の内容的には迷子みたいだが。
俺はやれやれと呆れながらため息をつくと、迷子を道案内するべく声のする方に向かって歩き始めた。
それから曲がり角がすぐ目の前に差し掛かったところで、彼女は急に現れた。
「もうっ、っていうかそもそもここはどこ!?」
「うおっ」
それに驚いた俺はとっさに変な声が出てしまった。
彼女もこちらに気づいた様子で、すぐさま向き直って頭を下げる。
「ああっ、すいません。ちょっと道に迷っちゃったみたいで――」
そう言って彼女が顔を上げた瞬間に、俺は目を見開いて固まった。
あどけなさの残る顔立ちと、思わず吸い込まれそうになるくらい澄んだ瞳。
高校の学生服に身を包み、身長は俺よりも頭一つ分小さい。
長い黒髪に太陽の光が反射して、キラキラと輝きを放っている。
数年前に亡くなった彼女にそっくりだ。
他人の空似なんてよく言うが、これはもう似ているとかいうレベルではない。
「あ……、えっと……」
あまりにも似すぎていて、つい言葉が出なくなってしまった。
俺が動揺しているのと同じように、なぜだか彼女も動揺した様子で俺を見つめている。
それから間もなく、こう呟いた。
「せん……ぱい……?」
その言葉を聞いた瞬間に、俺は頭が真っ白になってしまった。
俺を先輩と呼ぶ後輩女子なんて限られているが、彼女の容姿を見るとそんな人物は一人しか思い当たらない。
「え……?」
なんで、どうして。彼女はもうとっくに亡くなっているんだ。
だとしたらこの女の子は誰だ。
暑さで幻覚でも見ているのだろうか。
さっきまで暑さでやられていた体温が急激に下がり始め、だらだらと垂れ流していた汗が余計に体温を奪っていく。
困惑している俺の心境などお構いないかのように、彼女は再び話し始めた。
「やっぱり先輩だ……。やっと、やっと会えました!」
無邪気にそうはしゃぐ彼女をじっと見つめたまま、俺はただ無言で立ち尽くしていた。
驚いたのはもちろんだが、彼女を見ていると昔の思い出が瞬く間に蘇っていく。
懐かしい。とても眩しくて、なんだか温かい。
「先輩? どうかしましたか?」
固まった俺の顔を覗き込むように、彼女が顔を近づける。
「あれ、私が誰だかわかりますか?」
困ったような表情でこちらを見つめる。
「おーい、もしもーし? もうっ、先輩ってば!」
痺れを切らしたように彼女が声を上げる。
「へっ!? あっ、いや……、えっと……」
ようやく声が出たかと思えば、今度は言葉が出てこなかった。
何せ彼女はもういないんだ。あの時亡くなってしまったのだから。
じゃあ今ここにいる彼女は一体……。
「どうかしましたか?」
不思議そうな表情を浮かべる彼女。
身長差があるせいで基本的には下から見上げられる形になる。
見慣れていた彼女の姿だったが、今はそれよりも現状の異変についての処理で頭が一杯一杯になっていた。
それから数秒だけ俺をじっと見つめてから、彼女が嬉しそうに微笑んだ。
「まぁ、とりあえずよかったです。こうしてまた先輩に会うことができましたから」
そう言った彼女の笑顔が、すごく懐かしくて、好きだった。
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