記憶の断片。

 とりあえず現状を受け入れた上で、俺はどうするか考えていた。

 どうしてこうなったのかはわからないが、この状況においてよかったと思えることも少しあった。


 それは俺の昔の思い出。どんな生活をして、どんな友達がいて、どんな景色を見ていたのだろうか。

 それらを実際に見て、感じて、何か得られるものがあるかもしれない。

 もしかしたら記憶だって戻るかもしれない。

 それに、彼女についても少し思うところがあった。


 他の生徒達には特にこれといって何か思い出すことはなかった。それは彼女も一緒なのだが、なぜだかこう心がもやもやするというか、上手く言葉にできない。


 放課後の教室に一人、席に座ったまま俺は考え込んでいた。

 俺は何でこの時間に戻ってきてしまったのだろう。

 この時間に戻って何をすればいいのだろう。

 何もわからない。


「せめて記憶が戻ればなぁ……」


 昔の記憶さえあれば何かの手掛かりになるかもしれないが、今のところは何一つ思い出せていない。

 正直八方塞がりだ。


「あれ、まだ残ってたの?」


 教室の入り口から、不意にそんな声が聞こえる。

 昼休みに話した彼女だ。


「あ、うん。ちょっとね」


「考え事?」


「まぁ、そんなとこかな」


「そっか」


 そういって近くまで来ると、彼女は俺の隣の席に腰を下ろした。


「あれ、帰らないの?」


 俺が不思議そうにそう問いかけと、


「私と二人きりじゃ嫌なの?」


 寂しげな表情でそう返してくる。


「いやっ、そんなことないよ!」


 俺は慌てて否定した。

 なぜだか心拍数が急に上がり始めた。心なしか全身の体温が上がっている気がする。

 そんな様子を見て、彼女はくすっと笑みをこぼした。


「ごめんごめん、冗談だよ」


「えっ、なんだよもう……」


 一瞬驚いてから、拗ねたように顔を背けた。


「だからごめんって。ね?」


 意地悪な笑みを浮かべつつも、少し申し訳なさそうにこちらを見る彼女。


「まぁ、いいけど……」


 そんなやり取りに俺はなんとなく、無意識に懐かしさを感じていた。


「あー、そう言えばなんだけど」


 と、どこかわざとらしい切り口で彼女が話し始める。

 俺はそれを首をかしげて見つめた。


「――キミはさ、恋ってしたことある?」


 突然の話題転換だった。


「……へっ?」


 思わずそんな声が出ていた。

 いきなりすぎて思考が一瞬固まってしまった。それで済めばまだよかったのだが、なぜだろう。俺はこの光景が、このやり取りがとても懐かしいように感じていた。

 デジャブという奴だろうか。


「……な、なんで急に?」


 感覚に流されるままに俺は返答する。


「いやぁ、なんとなく。聞いてみただけ」


 なぜだか彼女の頬が少し紅い気がするが、多分夕日のせいだろう。


「なんだそれ……。まぁ、昔はそんな時もあったかもね」


 俺がそう答えると、多分彼女は次にこういうんだ。


「ふーん、そっか。じゃあ……、今は?」


 どこなく真剣な表情の彼女に見つめられる。


「えっと、いや、その……」


 俺が口籠っていると、彼女はすぐさま視線を逸らした。


「やっぱり何でもない。忘れてっ」


 そう言ってなぜか恥ずかしそうにする彼女の横顔を、俺は知っている気がした。

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