彼女の心残り。

 それからしばらく、今目の前で起きている事実が信じられずにいた。

 いくつも彼女に質問をした。俺と彼女についての、いろいろなことを。

 彼女は全て答えてくれた。俺の覚えている限りでは、その答えは何もかも一致していた。

 その段階でようやく、俺は彼女を疑うのをやめた。


「えっと……それで、どうして君はその……」


 ここまでくると当然、なんでそうなったかが気になってしまう。


「あー、まだ成仏してないのはなんでかってことだよね?」


「え、あ、うん」


「うーん、多分だけど、まだ心残りとかがあったからだと思う」


「心残り? それはどんなことなの?」


 俺が問いかける。


「えっとね……ひみつ」


 いたずらっぽさを含んだ笑みを浮かべてそう言う。


「え、どうして?」


「どうしても。少なくとも今は言えないの」


 彼女がそこまで言ったところで、俺は聞くのをやめることにした。

 もちろん、気にならないといえば嘘になる。

 だけど無理に聞くのはよくない。きっと言いづらいことなんだろう。

 と、そんなことを考えてる俺とは裏腹に、彼女は唐突に問いかける。


「そんなことよりキミ、彼女とかできた?」


「……へ?」


 いきなりの質問に間の抜けた声を出す俺。それからすぐに答えを返した。


「ああ、いや、全然」


「ふぅん……」


 彼女が訝しげに顔をのぞき込む。


「な、なに……?」


「本当かなぁって思って」


「本当だよ。それに俺、昔から好きな人いたし……」


「へぇー、そうなんだ。誰? どんな人?」


 やけに彼女が食いついてくる。


「いや、そんなこと聞かれても……」


「言えないの?」


「言えないっていうか、言いづらいというか……」


「なにそれ。あ、もしかして私だったりして」


 そんな彼女の言葉に、俺は息をのんだ。

 どうしよう、冷や汗が止まらない。


「なーんてね。そんなわけないっか」


 そう言って彼女は冗談っぽく笑う。

 そんな彼女の言葉に、安心したような、でもちょっと残念なような気持になった。


「あ、そうだ。キミはいつまでこっちにいるの?」


「ああ、えーっと、来週には帰るつもりだけど」


 俺がそう答えると、彼女は何か思い出した様子で言う。


「あっ、じゃあさ、せっかく帰ってきたんだし、私と一緒にお祭り回らない?」


「祭り?」


「うん。ほら、街の方でさ、いろんな屋台が並んでて、おっきな打ち上げ花火とかあがっててさ」


「あぁ……、そういえばあったね。うん、思い出した」


 懐かしい。学校の男友達と回った記憶がある。さすがに女子と一緒に回るなんて素敵イベントはなかったけど……。


「で、どうかな? ちょうど来週のお休みにあるんだけど」


 無論、断る理由もない。


「うん、もちろん。でも大丈夫なの? 君、幽霊だよね?」


「大丈夫。私から話しかけない限り、向こうは私に気付かないみたいだから」


 どうやらその状態にはもう慣れているようだ。

 それもそうか。もう、あれから五年も経ってるんだから。


「ん? あれ、さっき最初に話しかけたのって俺だったよね?」


 ふと何かが引っかかった俺は、今しがた彼女が言ったことを頭の中で何度も反復させる。


「え? そうだけど……あっ」


 彼女も気づいたようだ。


「俺、最初から気づいてたんだけど」


「そうみたいだね。なんでかな?」


「さ、さぁ?」


 別に、特別霊感が強いとかではないはずなんだが。


「まぁ、別にそんなこと気にしなくてもいいや。むしろ、キミの方から気づいてもらえてよかった」


 そう言ってまた笑顔を見せる彼女。

 そんな彼女の表情と言葉に、また胸を高鳴らせた。

 やっぱり俺は、まだ彼女のことが――


「ねぇ。ねぇってば」


 彼女が俺の顔をのぞき込んでいた。

 って、顔が近い。


「へっ? な、なに?」


「だから、明日も会える? って聞いてるんだよ」


 少し拗ねた顔の彼女が俺を見つめる。


「あ、うん。もちろん」


 昔もよく彼女はこんな表情をしていた。


 彼女のそんなところも好きだった。


「じゃあ、明日もここで」


「うん、わかった」


「それじゃ、またね」


「うん、また明日」


 そう言って手を振る彼女。俺も手を振り返す。

 去り際に小声で、


「今度はちゃんと来てよね」


 そう言い残してこの場所を去っていった。


「あはは……」


 明日、彼女に会ったら謝ろう。

 若干引きつった笑みを浮かべながら、彼女の背中を見送った。





 親戚の家にしばらくお世話になることにした。

 二階の空いている部屋を自由に使っていいそうだ。

 一室に荷物を下ろすと、長旅で疲れた体を癒すためにしばらく仮眠をとることにした。


「夢じゃないんだよな……」


 ぽつりとそんなことを呟く。

 冷静になって考えてみると、やっぱりおかしい。


 そんなことがあり得るのだろうか。なんて、そんなのはいくら考えたところでわかるはずもない。 

 思いがけない再開に動揺はしたものの、俺は不思議とそれをすんなり受け入れていた。


 ただ、彼女にまた会えたとこが、嬉しかった。

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