メモ書きの文学

寧依

1


 


 あの


 本から目を上げて一寸息が止まる

 カウンターの前に涙をこぼす女性がいた


 驚いて声もかけられない


 涙で汚してしまいましたの


 申し訳なさそうに言った女性は一冊の詩  

 集を置いた


 あぁそうか 繊細な人なのだ

 と勝手に感じ入る


 お気になさらず。元々古い本なのです、

 また一つ

 思い出が浸み込んだだけですから


 こちらは預かるので

 他を見て回って下さいと言うと

 

 その人はゆっくりとかぶりを振った


 私はこちらを買いたいのです 

 買わなくてはいけないのです


 何故 と尋ねると


 この本は

 私の痛みに気付いてしまいましたもの


 と眉根を寄せてまた一つ涙をこぼした


 私の秘密を知った者を

 野放しにはできませんわ


 続けられた言葉に

 今度はこちらが眉根を寄せる


 貴女は本を

 人間のようにおっしゃるのですね


 その人の瞳が真っ直ぐにこちらを向いた


 物語を内包しているという意味では 

 人も本も同じ枠組みにあると

 いえるでしょう


 彼らと私たちに大きな差は無いのです


 言い聞かせるような言葉が

 胸の真ん中あたりに刺さって 

 抜けなくなった

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