起死回生
「久しぶり、大丈夫か?」
「あ、お兄ちゃん!」
花一面の美しい光景が存在する場所で、胡座をしながら空を眺める幼き白狼に一人の青年が上から顔を覗かせる。
「ここで何してたんだ?」
「えっとね⋯⋯」
(なんだっけ?なんか、凄い大事なことをしていた気がするんだけど)
「うんうん、特に理由はない!」
「そっか。そんじゃ久しぶりにみんなで飯でも食うか?」
「うん!」
文字通りの城。中に入っていくと数十人の容姿端麗の男女が一同に綺麗に体を折りたたみ「若!お疲れ様です!」と左右から聞こえてくる。
「ご苦労さん、飯だ。白狼⋯⋯何か食いたいもんはあるか?」
「ん〜今日は前食べた白いシチューが食べたい!」
「おー、シチューな。聞こえたか?今日の飯はみんなでシチューだ」
男はそう言うと白狼を連れて貴族のような長いテーブルがある広い空間にやってくる。一緒に座るとすぐに、
「あんまり帰ってこれなくて悪いな。色々向こうでやることが多くてな⋯⋯」
お兄ちゃんは凄くカッコイイ。長い白髪で、神が作ったとしか言いようがない顔の造形美。
よくみんなが「黄金比」なんて難しい言葉を使うけど、まさに相応しい美しさだ。顔が動くだけで細かい何かも動いている気がして、ゾワッとするほど美しい。
そんな人が⋯⋯自分を足の上に乗せ、上から至近距離でそう色っぽく僕に囁いてくる。周りが性別なんて関係ないという理由がよく分かる。長い髪が鼻や頬をくすぐってくるが、不思議と嫌な感情は湧かない。
声も、表情も、全てが完成された存在。
それが僕の知る「お兄ちゃん」という名前も知らない僕が育った特別施設の、一番上に存在していた青年だった。
少しすると、他の子供たちや並んでいた数十人のスーツを着た人たちがやってくるが、僕を見るやいなや⋯⋯殺気すら向けて僕のいる場所と入れ替わりたいとすら直接言う人もいた。
「そういえば、事業は順調か?」
「はい、そっちは全て良好です。若がご心配されることは何一つありません」
「そうか⋯⋯なら安心して俺もランチを頂くとしよう」
そう言って全員で食事を始める。
お兄ちゃんは全ての所作が美しい。
たまに言動が変な時はあるけど。
「⋯⋯⋯⋯」
「どうした?白狼。何か悩んでいるのか?」
(何か⋯⋯大事な事があったはずなんだけど)
「ううん! なんでもない!」
「⋯⋯そうか。何かあったらすぐに言うんだぞ」
「ありがと!」
(何か忘れている気がする。この光景⋯⋯昔に見た気が)
そこで、自分は現実に引き戻された。
・
・
・
ポチャン。ポチャン。
一定間隔で鳴らす水滴の音。
(夢⋯⋯か)
俺は、生きているのか?
ゆっくり目を開ける。おかしい。
右目はぼんやり開くのに、左が開かない。
(あぁ⋯⋯魔法を貰ったんだったか?)
記憶が曖昧で、飛んでる部分が結構あるな。
ついでに左目だけじゃなくて、左全身に力が入っていない。代わりに右半身からは、耐え難い痛みがあるのだろうが、瀕死すぎて何もわからねぇな。
白狼はぼんやり見える右目をもう少し頑張って開いてみる。
「⋯⋯ンン」
痛いが白狼の見えた景色は、とても信じられないものだった。
(穴⋯⋯?)
しかも、
もしかして⋯⋯あの巨人ゴブリンと一緒に下層より更にしたにある──深層まで落ちたって事か?
(それに、俺が生きてる?⋯⋯生きてる?)
文字通り奇跡ってやつだろうか?
あんな高いところから落ちて、そんでまさか左半身だけ焼けて瀕死とは⋯⋯俺もツイてるんだかツイてないんだか。
「ハハハハ」
極小音だったが、落ちて意識を失ってから初めて発した白狼の笑い声だった。
(起き上がれそうもないな、体が拒否している)
ピクリとも神経が反応しない。これはどうしようもないな。このままずっと死ぬまで待機しかないなんて。
そう思った直後、頭に浮かんだのは⋯⋯自分の持つ小さなポーチだった。
白狼たち、特に前衛を組んでいた将来有望な勇者たちには小さいポーチであり、容量は極々少量しか入らない程度だったが、ファンタジー要素である魔法産物のマジックバックが与えられていた。
そこには更に魔法の世界の産物であるポーションや何かあった時用の薬草などを入れておくように言われていた。
白狼はポーチの存在を思い出し、微かにしか動かない右手で腰に手を掛ける。
(あった⋯⋯)
白狼は右手を上に上げて、ポーチの状態を確認する。
(壊れてない。これなら大丈夫そうだ)
片手で不格好ではあるが、中に指を突っ込む。
(やっぱり不思議な感覚だ)
マジックバックの中は水の中に手を突っ込んでいるような⋯⋯そんな感覚に最も近い。
そんでもってもっと面白いのは、大体どこに何があるのかがハッキリ頭にその情報が入ってくることだった。
(確かこれは⋯⋯掠り傷を治す初級ポーション。これは、回復を促進させてくる効果のポーション)
図書館通いで分かったことは様々だったが、ポーションについて記述は特に興味深いのが多かった。
例えば素早さを上げるような効果のある<俊敏のポーション>や攻撃力を上げる<力のポーション>。
主に作成できるのは薬師か錬金術師と言われている。スキル名としてそれが表示されるようで、それぞれ作成できる物の種類が違うらしい。
例えば健康や治療に使われるようなモノは薬師が。
強化系や他の効果をもたらすものは錬金術師が。
その二つの線引きが気になる所だが、ポーションを作成できるような優れた人間の数が極端に少なく、本を読んでいても事実かどうか怪しいような物ばかりだった。
(一先ず回復促進ポーションから飲んでみるか)
さすがにこのまま死ぬなんてそれはそれで悲しい。人はいつか死ぬ。
そんな事は分かりきってる事だろうが、今はその時ではないと直感が言ってる気がする。⋯⋯まぁ、一種の死にたくないという生存本能なのかもしれないが。
他にも何か使えそうにないか漁っていた白狼だったが、「他に無さそうだな⋯⋯」と溜息を吐きかけていたところで、一つのアイテムの存在が頭に入ってくる。それと同時に⋯⋯白狼の両目には少量だが涙を浮かべていた。
白狼の手にあるのは、一本の豪華な小瓶。
(これは⋯⋯俺が実践訓練の前に、厨房のおばちゃん、騎士団の仲良くなった一部の人間達がみんなで出し合って買ってくれた上級ポーション)
上級ポーションはこの世界の通貨で言うところの約十万コイン。日本円にするとなんと驚きの1300万円程するスーパー高級品だ。
そんな品物を、騎士団と食堂のおばあちゃんたちが数十人集めてわざわざプレゼントとしてくれたのだ。
ポーションは様々な効能があるのだが、上級ポーションになると話が変わってくる。骨折や重傷なモノまで完全に治癒する地球顔負けである
(まさか⋯⋯みんなのお陰で助かるかもしれない)
上級ポーションは文字通り欠損まで治してしまう優れ物。この状態の自分でもある程度は治るかもしれない。
「それじゃ、いただきます」
誰もいない空中に一人乾杯をして上級ポーションをゴクゴクと少しずつ入れていく白狼。
するとすぐにその効果は体に現れる。
目隠したくなるほどの発光が10秒程続いた後、元に戻る。
「⋯⋯凄いな」
白狼がゆっくりと起き上がって自分の両手を確認すると完全に傷が塞がっており、ピクリとも動かなかった神経も今では当たり前のように動く。しかも、昔仕事で負った古傷すら無くなっていた。
「⋯⋯上級ポーションってやべぇな」
故障不明。巨人ゴブリンとの戦闘の一番の功労者である安久津白狼は、死んだはずの瀕死から今までの積み重ねのお陰で──完全に復活したのだった。
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