放課後の噂話

彼方しょーは

怖い噂

「ねーねー」

「どうしたの?」

「あの噂……知ってる?」

「あの噂って、今学校で流行ってるやつ?」


沈みかけている太陽が世界をオレンジ色に照らしている頃、二人きりの教室で少女たちは話をしていた。長い前髪で大きな目が見え隠れしている少女が、ショートボブで釣り目の男勝りという印象を受ける少女に問う。


「そうそう。それ」

「うーん、聞いたことはあるんだけど、大雑把にしか知らないんだよね」

「そうなんだ。理香、そういうの苦手だよね」

「ち、違うし!興味がないだけだから!もう、勝手に決めつけないで。七海」


 図星を指された理香は、声を荒げて慌てて否定している。七海はその様子を見て、私の親友可愛すぎでは?などとくだらない感想を抱いていた。


「そ、それで、噂っていうのは何なのよ?」


 理香は頬を赤らめながら口早に七海に問いかける。怖いものが苦手という彼女にとっては恥ずかしい秘密をさっさと忘れてほしいのだろう。


「恥ずかしがること無い。これをみんなが知ったらそのギャップに萌えること間違いなし」

「はあ……七海、何言ってるの。そんなことあるわけないでしょ」

「わかってない。理香は結構人気だよ」

「そんなことどうでもいいから。噂のことを話しなさい」

「はーい……」


七海としては、親友の理香の可愛さについて小一時間は語りたかったのだが、そこをぐっと我慢して、机の横にかかっている自分の鞄からスマホを取り出す。そして、スマホのライトを点けて自分の顔を照らす。七海としては雰囲気を作りたかったのだろうが、外はまだ明るいのでライトはその役割を果たせていない。


「では、学校の噂話エピソード1 『彷徨う少女』 を……」

「ちょっと待って。エピソード1って、何個もあるの?」

「いや?一個だけだけど」

「なら、エピソード1なんて付ける必要ないでしょ」

「でも、これから増えていくかもしれない」

「たとえ増えたとしても、私は聞かないからね」

「またまた。そう言いつつも、また聞いてくれるんでしょ。知ってる」

「あんたねぇ……」


七海がおちゃらけて言っているのか、本気でそう信じているのかは理香には分からなかったが、自分でも何となくそうなりそうな感じがしていた。伊達に長い付き合いではない。お互いのことぐらいは大体知り尽くしているのだ。


「じゃあ、気を取り直して、学校の噂話エピソード1 『彷徨う少女』 いってみよー」


そう言うと、七海は声や顔でおどろおどろしい雰囲気を作りながらその噂話について話し始めた。


“私はこの話をクラスメイトから聞いた。隣のクラスの茜ちゃん、分かる?そう、あの背が低くて小動物みたいにかわいい子。その茜ちゃんが体験したことらしい。


 ある日のこと。放課後、茜ちゃんは家に帰ったあとに忘れ物に気づいて、学校に忘れ物を取りに戻った。その時の時間は5時半くらいで、まだ学校がぎりぎり開いてた時間。確か、その時期って夏だったらしいから閉まるのは六時過ぎだった。そんなわけで学校が閉まるまであと30分ぐらいしかなかったから茜ちゃんは急いで自分の教室に向かったの。忘れ物っていうのは課題をするのに必要なノートだったらしい。


普段は部活とか委員会で使わない教室は担任の先生がすぐ締めちゃうよね?でも、ラッキーなことに教室はまだ鍵が開いていたの。それで無事にノートを見つけられたんだけど、そこで女の子の声が聞こえたんだって。学校の中だし、部活動もやってる時間帯だから、人の声が聞こえるのはそんなに不思議なことじゃない。でも、茜ちゃんはその声が妙に気になってしまったのだそう。


 その声っていうのが、変な声だったらしい。茜ちゃんが言うには妙に引き寄せられる声だったんだって。それで、茜ちゃんはその声がする方に向かっちゃたの。本当はダメだから。興味本位で知らない声の方に向かったら。え?向かわない?でも理香って普段はツンツンしてるけどお人よしだから。はいはい。わかった、そういうことにしておく。

 

話がそれちゃった。えーと、どこまで話した?思い出した。茜ちゃんが不思議な声の方に興味本位で向かったところ。その声っていうのが、女の子の声だったんだって。幼い声とか、大人びた声とかじゃなくて、同い年ぐらいの声だったらしい。茜ちゃんも当時はなんでその声にひかれたのか不思議に思ったそう。“


 ここまで話したところで七海は急に席を立った。


「ちょっと、トイレ」

「なるべく早くね」


 一見、そっけない態度に見えるが、ここで気づかない七海ではない。理香が怖い話(怖いところまで話していない)を聞き、恐怖を抱いているのだ。それを一目見て理解した七海はすぐさま理香をからかった。


「理香は怖がり」

「うるさい!さっさと行け!」


からかいがいのある理香の反応に、にやあ、とサディスティック気味な笑みを浮かべた七海に理香は勢いよく立ち上がり、切れ気味に叫ぶ。照れ隠しであることを分かっている七海は「ひゃー、こわーい」などとわざとらしく言い、律儀に扉を閉めてから教室を出て行った。


「まったく七海ったら……」


ため息をつきながら席に着くと、途端に恐怖に襲われた。背後に誰かいる気がするのだ。背中から冷や汗が止まらなくなり、動悸が激しくなる。段々と息も荒くなっていく。怖い話を聞いていたから、そんな気がするだけ。理香はそう自分に言い聞かせるが、溢れ出る恐怖と不安は止まらない。


そして、どうしても不安を解消したかったがために、意を決してバッと振り返った。が、当然、後ろには誰もいない。理香は向き直ると、今度は安どのため息をついた。


「当たり前よね。幽霊なんているわけないわ」


声に出して自分に言い聞かせる。本当は怖くてたまらないのだ。心霊番組を見た夜は暗い部屋で寝る事すら怖くなってしまうほどの怖がりなのだ。怖い話を聞かされ、教室に一人残された理香が恐怖を感じないわけがなかった。気を紛らわせるために時計に目をやると時刻は五時過ぎ。ちょうど、例の茜ちゃんの話と同じ時間だ。外を見ると、太陽は沈み、辺りは暗くなり始めている。


 そんなことを意識していると、再び恐怖を感じ始めた。


「うぅ、怖い……。七海はまだ帰ってこないの?」


 弱々しい声を上げるが、当然のごとく七海はまだ帰ってこない。もしこの場に七海がいたら、ギャップ萌えだーなんて言っていただろう。教室からトイレまでの距離はそう遠くない。しかし、七海が教室を出てからまだ二分程度しか経っていない。まだ帰ってこないのはあたり前である。それから、理香は七海が帰ってくるまでの間、薄暗い教室で電気を付けようとも考えられない程にびくびくしながら過ごすこととなった。


「ヤッホー」

「きゃっ、いつの間に!遅いのよ!」


さらに待つこと数分、理香は恐怖で目を閉じ、思索にふけっていたために戻ってきたことに気づかず、いきなり声を掛けられて驚き、可愛い声を上げてしまった。


「いつ戻ってきたのよ」

「ついさっきだよ~」

「驚かせないでよね」

「ごめん。それじゃあ、続きを話そうか!」


”どこまで話したっけ?そうだ、茜ちゃんが声のする方へ向かうところからだったね。それで、茜ちゃんは声の正体を求めて学校内を歩き回ることにしたの。教室を一個一個覗きながら声のする方に向かっていくんだけど、なかなか見つからなかった。そしてついに、茜ちゃんの教室がある階は一通り探しつくしたけれど見つからなかったらしいの。


それで、次は上の階を探すことにしたんだって。階段をのぼっていると、声が段々と近づいてきていたの。もちろん、茜ちゃんもこれに気づいた。しかも、その声が近づいただけじゃなくて、はっきりしてきたの。下の階にいたときは言葉を聞きとれるほどじゃなかった。でも、階段を上ると、言葉が聞き取れるぐらいにははっきり聞こえるようになったの。その声は歌声だったんだって。


何の曲だったと思う?私たちも最近音楽の授業で習ったやつだよ。そうそう、「夢の世界を」って曲だね。それを歌ってたらしいよ。すごく音痴だったみたいだけどね。


まあ、そんなことはどうでもいいとして、歌声がはっきり聞こえたってことは間違いなくその子のところに近づいてるってことだよ。どうして「夢の世界を」を歌ってたのかは知らないし、分からないけどね。


 近づいてるってわかった茜ちゃんはさらに張り切って探し回ったの。教室をのぞいて回るだけじゃなくて、トイレも見たりしてね。それはもう目を皿にして徹底的に探したんだよ。それでも見つからなかった。


 私たちの教室って二階でしょ。つまり、二階と三階にはいなくてさらに上の階ってことは、もう四階か普段は鍵がかかってて立ち入り禁止になってる屋上しかないよね。さすがに屋上に私用では入れるわけがないから、茜ちゃんは四階を探しても見つからなかったらあきらめるつもりだった。


 そして、意を決してまた階段を上った。そこは普通の教室の他に、第一音楽室と理科室があるよね。ああ、あと多目的室もあったっけ。まあ、普通に考えて第一音楽室が怪しいよね。私だったら真っ先に音楽室に向かうところだけど、第一音楽室って階段から一番遠くにあるでしょ?だから、茜ちゃんは念のために近くにある教室から見ていったの。1-1、1-2、1-3って順々に見ていったけど、歌ってる人どころかそもそも生徒がいなかった。そうして1-7まで見ていったけど、結局人はいなかったらしいよ。そしたら、残るは特別教室しかないよね。


まずは多目的室。ここって何のためにある教室か分かる?私はわかんないけどね。え?あそこって天井が開くの!?学校にそんなロマン溢れた教室があるなんて知らなかったよ。あ、ちがうの?吹き抜けてるだけ?……うちの学校の多目的室の天井って吹き抜けて無くない?まあ、そんなこともあるよね。話を戻すけど、結局多目的室にも誰もいなかったの。


次に理科室。そもそも教室の扉が開かなかった。当然だよね。勝手に薬品を触られたり、フラスコとかを割られたりしたら困るしね。扉の窓から頑張って教室の中を覗いたけど誰もいなかった。あと、理科準備室も理科室の中にあるけど、あそこは教師以外立ち入り禁止だから居るわけないよね。


そしてついに、本命の第一音楽室だけど……


「ねえ、もう帰らない?」


そろそろクライマックス。そこで理香は話を遮った。怖くてたまらないのだ。この先どんな結末が待っているのか分からずとも、とにかく怖いということは予想ができていた。そして、それを彼女が見抜けないはずもなく


「え、もしかして怖いの?」

「こ、怖くなんてないから!」

「無理しなくてもいいのに。可愛いね!彼女にしたいぐらい可愛いね!」

「う、うるさい!わかったわよ!続きを聞いてあげようじゃないの!」

「そうこなくっちゃ」


 ”さて、ついに本命も本命。大本命の第一音楽室の前まで来た茜ちゃんだけど、この向こうにその子がいることを確信したの。理由は単純。歌声が扉の向こうから聞こえていたから。でも、音楽室の扉って防音用の扉で窓も付いてないでしょ。本当は歌声が聞こえるはずがないんだけど、偶然扉に何かが挟まってて少しだけ開いてたの。だから歌声が漏れてたんだね。


その時に茜ちゃんは嫌な予感を感じたらしいよ。でも、好奇心には勝てずに隙間からのぞき込んじゃったの。そこにいたのは


                


 茜ちゃん自身だった             


 きっと、ドッペルゲンガーってやつだよ。ほら、見たら三日後に死ぬってやつ。でも茜ちゃんは今も元気だからこの話かドッペルゲンガーの話が嘘だったんだろうね。不思議と声に引き寄せられたのは、それが自分の声だってどこかで分かってたからだと思うよ。”

 

「どう?怖かった?」

「え、ええ。すごく怖いわね」


 その時、理香の鞄の中からスマホが通知を知らせるバイブレーションの音がした。理香はそのスマホを慌てて取り出し通知を確認した。


「あ、やばい!お母さんからお使いを頼まれてたのを忘れてた。ごめん七海。先に帰るね!」

「え、うん。気を付けてねー」


 理香は鞄を手に取り、急いで教室を出ると、廊下を走り、近くのトイレに駆け込んだ。しかし、十秒程度でトイレを出ると、昇降口へと向かう。上履きを脱ぎ、ローファーに履き替えると校内にある駐輪場へと向かい自分の自転車に跨って学校を後にすると、そのままスーパーに向かうことなく風を切る勢いで一直線に帰宅した。

 

 玄関をあけると、靴を脱ぎ散らかし、洗面所に向かうことなく階段を駆けのぼる。二階にある自分の部屋に駆け込み、鞄を置くとすぐにスマホを開く。通知欄には、友人がインスタグラムのストーリーを投稿したというもののみだった。理香はロック画面のパスワードを入力してホーム画面を開くと、すぐさまある番号に電話を掛けた。


「……もしもし、警察ですか?友達が学校のどこかに監禁されているかもしれないんです!」

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