後編

 目を覚ますと、そこは至って普通の森の中だった。


 天を衝くような巨大な木も、色とりどりの不思議な植物やキノコもなく。目覚めたのは、霧に覆われたさっきまでの森とは違う場所のようだ。

 しかし、あの不思議な体験が夢や幻ではないことだけは確かだった。

 起きたときから俺の中に、のような物があり、その力は三つに別れて連なるような形を成し、それぞれが性質の異なる何らかの力を秘めていることが分かる。これが先ほどの不思議な声が言っていた、『固有の性質を魔法化する可能性』なのだろうか。


 俺は、直感に従って自分の中にあるその力に意識を向けて見ることにした。


 自身の内側を探るように意識してみると、不思議な感覚と共に俺の中にあった力についての名称とどんな能力なのか、感覚的な知識のようなものが何処からか流れ込んでくる。


 三つあるそれの、最初の一つは〝妖精の囀フェアリィウィスパー〟と言うようだ。今の俺が、混乱することなくこの状況を受け入れることが出来るのは、この能力のおかげのようだった。周囲の状況や自身の現状を、最初から知っていたかのように認識できる能力。擬似的な未来予測とでも言えばいいのだろうか。認識直後に、得た情報をタイムラグ無しで澱みなく適切に処理できるようだった。


 二つめは〝女王寵愛ティターニア〟と言う能力のようだ。その力を確認しようと意識すると、俺の目の前に一瞬にして光が集まり、先ほど大樹のうろの中で眠っていた妖精が現れる。

 目の前へと現れた妖精自身が俺の中にあった力、〝女王寵愛ティターニア〟そのもののようだ。赤い蓋の下にいた妖精は、触れてしまった俺の可能性の種子へと入り込み、混じり合ってしまったらしい。

 妖精ティターニアは言葉を発することは出来ないようだが、自我はあるようで、感情や意思が直接伝わってくる。

 妖精ティターニアにできることは俺にもでき、俺にできることは妖精ティターニアにもできる。それが〝女王寵愛ティターニア〟の能力だった。


 三つめは〝妖精妃の番オベロン〟と言う能力のようだ。それを認識した途端、一瞬にして一つめの力である〝妖精の囀フェアリィウィスパー〟の効果で、自分が何を出来るかを完全に理解し、それを十全に扱うことが出来るようになった。


「〝至極かがやけ女王寵愛ティターニア〟」


 俺は理解した自身の力を解き放つべく、妖精ティターニアへと自身の魂の根幹をなす真銘マントラを捧げることで、そのつがいたる〝妖精妃の番オベロン〟そのものへと至った。



 ああ……。

 この力はまさにだ……。



 俺が右手を掲げると、手のひらの上には火が灯り、周りの風を取り込みながら、急激に大きな炎へとなっていく。燃え盛る炎はその色を橙色や青、紫や黄色などの様々な色へと変え続け、炎が色を変えるたびに舞い散る火の粉が猫や犬、虎や竜などへと形を変えて天地を問わず自由に走り回った。

 左手を伸ばすと、その先には水が集まり球体を形作る。水球はゆらゆらと不定形を成していたかと思うと、次の瞬間には霧へと代わり、次第に水の粒が大きくなっていく。ビー玉程度の大きさになると、全ての水玉は一瞬にして凍りついた。

 無数の氷たちは空中で無規則に動きぶつかり合うと、やがて無数の静電気を発して帯電していく。生み出した雷は、右手の炎と同じように、俺に一切の悪影響を与えることなく俺の意思に従い周りへと降り注いだ。


 俺は、全能感に酔いしれて思い浮かんだ空想のままに、様々な超常現象を生み出した。


 炎の幻獣が舞い、風雨が渦を巻き、雷が降り注ぐ。その暴虐の傍らで楽しそうに踊る妖精ティターニアと戯れるように、次々と思い付いたを撒き散らしていく。


 気がつくと俺は、まるで怪獣が暴れたかのような森の上空で、妖精ティターニアと一緒に浮かんでいた。木々が倒れ、地面が抉れ、燃えている場所があるかと思えば、水浸しになって湖のようになっている場所すらあった。


 自身が暴れ回った場所を上空から俯瞰することで少し冷静になった俺は、まずは山火事にならないようにと、燃えている火を目視するだけで、その火を掌握して消火していく。

 抉れた大地に生み出した土を被せ、生命の息吹をその地に満たすと、やがて大地が緑に色付き新たな植物の芽が次々と育まれていった。


 辺りの惨状を妖精ティターニアと共に、俺自身が持て余した魔法で無理矢理に整えると、空の上から遠くの状況を確認することで、此処が何処なのかを調べてみることにした。


 ビルの十階ぐらいの高さだろうか。

 山の起伏や森の木々に視界を邪魔されない位置まで上昇すると、魔法を込めた右手の親指と人差し指で丸を作り、それを右眼で覗きこんだ。

 望遠鏡のようになったそれのピントを合わせることで、森の向こう側にある街並みを見てみると、今いる森が朝に入った森で、今見ている町が俺の住んでいる町であることが分かった。


 本来ならばこれで安心できるところなのだが、街並みを可能な限り見渡してみると、いくつもの場所で暴動のようなことが起きているのが見える。よく見ると猪や野良犬、熊などが暴れているようだ。

 俺の〝妖精の囀フェアリィウィスパー〟によると、アレはのようだった。まずいことに、殆どの人がアレに対処出来ずに襲われるか逃げ惑っているみたいだ。


「まずいぞ。急がないと!!」


 俺は人々を助けるために、慌てて町へと向かうことにした。


 本当になんて日なんだろう。

 朝から入り慣れた山で遭難したかと思えば、ファンタジーよろしく世界樹みたいに馬鹿でかい木を見つけて、妖精を見つけたかと思えば、その妖精につがいにされて、魔法が使えるようになったかと思えば、住んでいた町にゲームのモンスターみたいなのが現れて暴れてるときた。

 町へと向かって飛行しながら、そんなことを考えていると、左肩に座っていた妖精ティターニアが頬を膨らませながら俺の頬をつっつきだした。『つがい』という表現がお気に召さなかったらしく、可愛らしい癇癪の感情が伝わってくる。


「ごめんよ、妖精ティターニアのせいじゃなかった。俺が——」


 慌てて妖精ティターニアに謝罪しつつも、こんな切迫した状況なのに可笑しさが込み上げてきた。


 状況は最悪だが、見渡せる範囲にいるモンスターは雑魚同然。俺と妖精ティターニアなら何とでもなる。

 半日ぶりに帰ってきたとは思えない、住み慣れた町を眼下にして気合いを入れ直すと、俺のそばに浮かぶ妖精ティターニアと一緒に両手を広げ、飛行している間に構築した魔法を、認識した全てのモンスターに対して解き放ち殲滅していった。



 これは、高校一年の夏休み。

 西暦一九九九年の七月二十一日のことだった……。

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カブトムシを捕まえにいったら何故か妖精を捕まえたんだけど、気が付いたら住んでた町が滅びそうになっていたんだが…… 坂条 伸 @PotQue

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