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じっとりと嫌な汗をかきながら

懇切丁寧に手入れしてやる。


これまでもこれからも

誰の住処にもならない只の空間。


線香を焚いた後で仏式なのか神式なのか

聞いていないことに気付く。

失礼にはならないだろうと合掌する。


やぁ君、久しぶりだね。会いに来たよ。

そっちはどうだい?こっちはぼちぼちだよ。


墓前で言いそうなことを幾つか心に浮かべる。   勿論返事はない。あってたまるか。


ほら君、好きだったろ。


現実にない会話をしながら

ひび割れた湯飲みに酒を注ぐ。


僕は君に飲酒歴があるのか知らない。


つまらない話はやめにして、

空の墓を後にする。


石段で高齢女性二人組が

愛想よく挨拶してきたが、

すれ違いざまの不信感を隠しきれていない。


小声のつもりで噂話をこしらえている。

すれ違っただけで他人のあれそれを

ああまで邪推できるのもまた年の功か。


入口まで戻り、

来た時とは別の個人タクシーを呼ぶ。


飾られていた孫の写真について

嬉々として語る間は良かった。


政治的持論を展開され、

本人の尺度で僕の課題を指摘し、

本人の都合で激励され、

本人の力量で若者を導いたと満足された。


初対面の高齢者を喜ばせるのも

一種の社会福祉事業らしいので、

社会を構成する一員として

何の感情もなく無償でサービスを提供する。


美しきかな隣人愛。人の温かい町万歳。

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