35話 毒と暴力の淡水魚



 そうして受けた仕事は、ゼフキに流れ込む広い河、ツムエヌ河の上流での水質改善だ。



 俺達五人の請負う内容は単純。汚染の原因となっている地点の水系モンスターの数を減らす。その後、モンスターによって滞留した不浄を精霊術で清める。後日、汚染された泥の撤去や薬品の使用など、物理的な洗浄が行われるとのこと。



 北区と東区の境にあるシブラコア大通りで大きな馬車を頼み、ゼフキから出る。馬車の窓から防壁を取り囲む水堀を見る限り、確かに少し暗く濁っているかもしれない。


 全員揃って元気な日は少ない。今日不調なのはカルミアさん。常に項垂れてほぼ喋らない。後部座席で横になるように勧めたが、揺れが頭に伝わると吐きそうだと言って遠慮された。


 かなり心配だ。つい後部座席を振り向いて、声をかけた。

「カルミアさん……俺達にできることはある……?」

 優しいカルミアさんは顔を上げて、辛そうに微笑んだ。

「ありがとね。身体は元気な筈だから、お気遣いなく。――ああそう言えば、ちゃんとお酒に頼らなかったから、それを褒めて頂戴よ」

「え! 凄い! カルミアさん凄いよ! 話しかけてごめん、楽にしててね」

「へへ、凄いでしょう……」


 隣のログマが俺を見る。

「カルミアは中衛に退げる。今日の前衛はお前一人だ。存分にこき使ってやる」

「そりゃ勿論だけど、言葉選びに悪意を感じる」

「悪意あるからな」

「お前さあ……」



 河沿いの緩やかな登り坂を一時間ほど進み、目的地周辺の開けた所で馬車を降りる。馬車には追加料金を払い、開けたところで帰りまで待っていてもらう事にした。



 蝉時雨と瀬音の中、青い花の咲き誇る河沿いの道を歩く。

 やがて空気が仄かに淀んできたあたりで、先頭で水晶を光らせているウィルルが足を止めた。


 俺達を振り返り、河の上流方向を指差す。

「多分あの辺りに、汚染の原因のモンスターが集中してると思うの。他の反応もあるけど、異常な量じゃない。そこだけ討伐すれば充分だと思う」

「いつもありがとう、ウィルル。危険度は低めって言われてるし、問題箇所が少ないのも納得だ」


 下流より幾分浅くなった河の様子を木陰から窺うと、蠢くモンスターの群れが見えた。


 目立つのは丸い淡水魚型のモンスター。苔のような緑色がてらてらと水面に光り、時折丸々と膨れている。人間より一回り大きい中型だ。その他、周りに跳ねる小さめの魚型。そして岩の合間に覗く大小の巻貝型。


 皆へと振り返り、頭を掻く。

「ここに集中してるだけあって、思ったより分布が広いね。しかも中型がいる。俺はなるべく最前線で戦闘するつもりだけど、皆にも自衛を頼みたいな」

 ケインは頼もしく微笑んでくれた。

「勿論! 弓矢の他に短剣も持って来たよ」

「ありがとう。勿論後ろもフォローするつもりだけど、目が届いてなかったら呼んでくれ」


 言いながら、その隣のウィルルの顔が曇っている事に気づいた。

「ウィルル、何かあった?」


 彼女は、上目遣いでおずおずと中型を指差した。

「あの中型、フォースパファー……」

「ああ、確か珍しい奴だよね。歯と体当たりで攻撃してくるんだったかな?」


 彼女は頷いた後、不安げに両手の指を絡ませる。

「そう。でも、もっと怖い。すごく強い毒があるの。表面に触ったくらいなら大丈夫だけど、体液や臓器はだめ。……剣で斬りかかったら多分死んじゃう。毒を弾けるシールドは、今の私じゃ長時間展開できないの。ごめんね」


 口元が引き攣った。

「……はは……そうなのね……情報助かる」

軍事依頼所め、何が危険度低から中だよ。情報不足が過ぎる。知らなかったら即死していたぞ。


 ヘラヘラ笑う事しか出来ない俺を見て、ログマが深いため息をついた。

「笑ってんなよ。体液がダメなら燃やすしかない。俺が処理する事になるじゃねえか。面倒臭いな」

 ケインは、困ったように顔に手を添えた。

「私は力になれそうにないなあ。風術の刃も、弓矢も、体液が飛んじゃう。ログマとルークの火術に頼るしかないよ」

「ルークの火術のダメージなんて誤差だろ」

「ちょ――誤差よりは役に立つっての! それに、光術の熱でもいいだろ!」

「それもたかが知れてる」

「くっ……舐めやがって……」


 確かに俺は精霊術が本業ではないが、一応霊剣士なんだぞ。


 ――あれ。考えてみれば、この会社の皆の前では本気の霊剣術を使った事がない。霊剣士を名乗ったのはカルミアさんと二人の時だけだ。

 それどころか、剣技もまともに披露してない気がする。メンバーの戦力が高い上に、そこまでの強敵との戦闘もないから必要にならないのだ。


 しかし、侮られているのは面白くないし、チームのためにも良くないな……。リーダーが強いと言うことは、メンバーの安心感に繋がる。必要以上に見せびらかすのは醜く感じられて抵抗があるが、曲がりなりにもリーダーを担うからには実力を示すことも必要かも知れない。


 カルミアさんが俯いたままボソっと呟く。

「すまないけど、俺は巻貝型の処理に回る。あとは後衛を守らせてもらうよ。……それくらいしか」

 落ち込みに拍車がかかっている彼を慌ててフォローする。

「俺は前を張ってて余裕が無いだろうし、周りの貝型を減らしてくれるのは助かるよ。どっちにしろ、物理攻撃ではパファーに手を出せない」


 ログマが俺の脚を蹴った。おそらく、面倒な仕事が課せられたことの八つ当たりだ。

「仕方ねえから中型は俺が相手する。ルークの今日のロールはショートレンジじゃなくターゲッターだ。攻撃を集中して受けろ、引き付けて隙を作れ」

「ああ、そうするよ。蹴るな」

 やっぱり見くびられているよなぁ。俺の人間性が舐められやすいのは前提として……。


 しかし、カルミアさんが不調である今日は、ある意味チャンスだ。唯一の前衛として活躍できるかも知れない。今に見てろよ。リーダーとしての貫禄を示してやる。


 煌めく河に向き直った。

「まず俺が一人で様子を見るよ。攻撃パターンが読めてきたら皆も出てきてくれ。――行くぞ」


 

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