20話 本当にごめん、本当にありがとう
「そんな、ああ、ウィルル、治癒――」
「ああ、いいよ。変にくっつけない方がいいかも」
「どうして!」
更に奥で倒れ、先ほどより傷が増えた頭領が、笑いながら掠れ声を絞り出した。
「精霊銃だよ。とっておきの高級品だが、ムカつかせてくれたからお裾分けだ」
彼の傍らに確かに転がる拳銃を見て青ざめる。
手足を封じられた頭領の胸ぐらを、乱暴に掴んで壁に叩きつけた。
「無法者が! 弾の属性を吐け!」
「痛えな。はは、教えねえよ。――ああ、それだよ。綺麗なツラが歪むところは何度見ても最高だな」
心底楽しそうにニヤけるこいつの身体を横へ投げ捨てる。
振り返って叫んだ。
「ウィルル! 銃弾を取り出せないか?」
「分かんない……銃の仕組みを知らないから……」
「俺が指示する。来てくれ!」
完全に油断していた。一般的な銃も精霊銃も、所持を許可されているのは政府直轄の行政機関のみ。あとは、上流階級が観賞用と銘打って持っているくらいの筈。
……だが、犯罪組織による闇取引においてはありふれた商品だと、噂には聞いたことがあった。自分の想像力の無さを恨むしかない。
俺自身、銃に関しては知識だけだ。勿論自信なんてない。だが、俺の知識とウィルルの力に賭けるしかない。
このままだとカルミアさんは死ぬ。俺の少ない知識でも、それだけは分かっている。
駆け寄ってきた彼女に、早口で言った。
「銃弾が残ったままだと、込められた精霊力が傷を広げていくんだ。でもだからこそ、精霊感度が高いウィルルなら、弾の属性と位置がわかるはず。できるか?」
「やってみる……!」
彼女が傷に片手を翳すと、もう片方の手に持つ杖の水晶が白く光る。その光に照らされたカルミアさんの顔色は不自然に白く、目は軽く閉じられていた。
それに心を痛めている間もなく、すぐに彼女は顔を上げた。
「大体の位置はわかったよ。属性は闇だと思う」
「よし! 闇属性なら、強い闇術力に引き寄せられる筈。俺が水術で止血してるから、その間に、なるべく傷の穴に沿って銃弾を引き寄せて、取り出してくれるか」
「分かった!」
カルミアさんが、銃弾が動く痛みに顔を歪めながら笑顔を作る。
「助かるなあ。ぐっ―― 銃を想定した装備にはしてなくてさ。知識もないし。いっ……! ごめんね。ありがとね」
目が熱くなった。
声が、情けなく震える。
「俺が、俺がカルミアさんに一番キツいところを押し付けていなくなったから。その前にウィルルが狙われたのも俺のミスだ。皺寄せが全部貴方に行ってしまった」
泣いている場合じゃない。必死で集中し、出血を抑える。
「謝るのもお礼を言うのもこっちだよ。本当にごめん。本当にありがとう……」
彼は冷や汗を浮かべながら、微笑みを返してくれた。
ランツォ君は、俺達から三歩離れたところで、呆然と地面に座っていた。目立った怪我はなし、逃げ出す様子もなし。
だが、釘は刺しておく。
「ランツォ君。協力的でないと判断したら、君にも痛い思いをしてもらうから。大人しくしていてくれよ」
俺の低い声に、彼は俯いて唇を噛む。
「……はい」
黒髪の青年が頭領の足元で力なく声を出していた。
「フェビノさん……俺達、これからどうすればいいんでしょうか」
頭領は軽くため息をつく。
「どうするの前に、どうされるの話になっちまうからな。分からん。――すまない。もう少しで、皆やり直せたのに」
青年の声が湿る。
「謝らないでください! 何もない俺が、ムカつく奴らから奪い返せたのも、バカやれる居場所が出来たのも、全部フェビノさんのお陰で……本当に、幸せでした。ありがとうございます」
「そうか……それは、よかった」
「それだけじゃない――」
背後の会話は続く。盗賊団という反社会的な集団ではあるが、彼らなりの事情があるんだろうと思われた。
だがそんな事への同情より、仲間を傷つけた悪人が身内で思い出に浸っている嫌悪感の方が格段に大きい。
堪えられずに、思い切り水を差した。
「徒党を組んで人に迷惑をかける事でしか幸せを感じられないのか。だっせぇな」
青年がこちらに身を捩り吼える。
「は? 黙れよ。なんだお前。俺達の苦労なんて分からねえ奴が偉そうに! 調子に乗んなよ!」
へえ。こいつら、自分達が誰よりも苦労しているつもりなのか。
静かに返事をする。
「俺だって苦労はあるさ。ムカつく奴にはやり返したくなる時だってある」
傷から噴き出そうとするカルミアさんの血を止め続ける。その代わりに、俺の怒りがどんどん噴き出していく。
「だからこそ腹が立つんだ。――お前達は、本当に弱い。情けねぇし、小せぇし、頭が悪い」
「なんだとこの野郎!」
「喚くな。殺したくなる」
こちらを睨む青年を、肩越しに睨み返す。
「誰かにぶつけて発散しないとストレスに耐えられない雑魚がよ。俺達は、お前らのお遊びの後片付けをするために、こんなに苦労してるのにな」
本当に馬鹿馬鹿しくて、笑えてきた。
「はは――本当にムカつくよ。本当に今すぐ殺してやりたい。俺も発散していいか? お前の中身を散らかしたら少しスッキリしそうなんだ」
青年は押し黙った。
一方で頭領は、なんだか嬉しそうに笑った。
「お前の方がランツォよりこっち側じゃねえの? 才能あるよ」
顔を正面に戻しながら舌打ちする。
「お前らと一緒にすんな。俺は自分で消化する」
「はは、それじゃ余計苦しくなるだろ」
「他人を苦しめるよりは楽だ」
頭領の含みのある声が背中に張り付く。
「いつまで保つんかね。実はとっくに限界なんじゃねえの」
集中していたウィルルが声を上げる。
「取れた! これだよね?」
紫色に光る鉛玉がウィルルの膝元に転がった。
「流石だよ! あとは水で流した後で傷を癒して、保護しておけば、病院までは保つ筈だ。ウィルル、霊術力と体力は大丈夫?」
彼女は涙の筋が残る頬に汗を流し、手を震わせながらも頷いた。
「回復薬をさっき飲んだから平気だよ。任せて」
「頼もしいよ。――カルミアさん、もう少しだから」
「ああ、うう、ありがとね……」
軍事病院と帝都防衛統括機関へ連絡をしなくてはならない。携帯連絡機で各所へ状況を伝える。
そのすぐ後に、ログマとケインが逃げた二人を引き連れて戻ってきた。
変な色に腫れ上がった顔。うまく曲がっていない足首。切り傷の上から容赦なく粘着テープで縛られた腕。
性格の悪いログマと怒り狂ったケインにやられて無理やり歩かされている彼らの様子は、不憫になるくらいだった。
俺達のいる裏通りへと彼らを蹴り倒した二人に、状況を伝える。
「今、病院と防衛統括に連絡をした。あっちの方に縛っておいてる三人とそこの二人を含めて、盗賊団員は全員引き渡せる状態になってる」
声が、上手く出ない。
「……だけど、カルミアさんが重傷だ」
ケインもログマも、驚きに顔を歪めた。
「今、ウィルルが応急処置してくれてる。――二人は、怪我してない?」
余裕の見えるケインと、半目のログマが返す。
「ないよ! 無傷!」
「怪我はないが、霊術力は完全にカラだ。頭が酷く重い。今日はもう戦力外」
無事で良かった。胸を撫で下ろす。
カルミアさんとウィルルの護衛、ランツォ君の見張りを二人に任せて、俺は三人を縛り付けたアーチの元へ戻ることにした。腰元に巻いた布を解き、剣の血脂を拭いながら向かう。
三人とも、人目に晒されながらも素直にそこに居た。
剣を納め、彼らの体調と意識も確認できたので、少し離れた壁際でダンカムさんに連絡した。
もう十八時を回り、彼の定時は過ぎていたが、すぐに応答がある。
「ダンカムさん、ルークです。連絡が遅れました。盗賊団と交戦して怪我人もいますが、捜索対象を保護しました。取り急ぎの報告です」
『お疲れ様! 報告ありがとう。今日はまだ僕とレイジが会社にいるから、どっちかが残って対応するよ。また連絡をくれ』
そして、彼の声が狼狽えた。
『――怪我人は誰だ? 状態は?』
「……カルミアさんです。俺とウィルルで応急処置しましたが、かなり失血してしまっています。俺の責任です。申し訳ありません」
連絡機の受話口の向こうでダンカムさんが息を呑んだのが分かった。
『そうか……わかった。反省はまた後でいい。今は、依頼の完遂に専念するんだ。最後まで頼むぞ、リーダー』
「はい。失礼します」
連絡機の終了ボタンを押して、受話口と送話口を本体に収めた後、壁にもたれて座り込んだ。
ダンカムさんが動揺した空気が胸に深く突き刺さっていて、気力が抜けて行く。
自分は無傷で、仲間が重傷。皆の前であんな大口叩いたのに、このザマだ。
意識的に無視していた自責感が、今になって津波のように押し寄せて俺の心の土台を揺らす。
あんなに弱くてだっせぇ奴らから、大事な仲間一人守れなくて、何がリーダーだ。
こんな仕事、病気を抱えた今の俺には無理なんだ。――本当は分かってた。
過去の出涸らしみたいな剣技と、うじうじすることばかり一丁前な精神で、何と戦えるって言うのか。何を守れるって言うのか。
でも、今更、他の仕事を選べなかった。気持ちも、能力も、経験も、全部戦闘に注ぎ込んで生きてきた。他の生き方なんて、分からない。
無力な俺が無理矢理この仕事で生きようとしたせいで、傷つく人が出てしまった。一番怖い事が、起こってしまった。
震える手で顔を覆い、爪を立てる。ごめん。ごめんなさい。カルミアさん、ダンカムさん、皆。ごめん。
広場と大通りのざわめきがうるさい。ああ、さっきからずっと、うるせえんだよ。
叫び出したくなって、ポーチの中の液体頓服薬を飲み込んだ。早く効いてくれ、おかしくなってしまう。
――広場がにわかに蹄の音で騒がしくなり、荷馬車と幌馬車、軍用馬車などが何台も近くに止まった。病院と防衛統括だ。
慌てて立ち上がって手を振り、場所を知らせた。
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