キャバクラにて

 天井では、ミラーボールが輝かしい光を放ち……。

 店内の各卓では、まだ十六時だというのに、露出過多な格好をしたお姉さんたちと、他の組に属しているのだろう極道たちが、酒を手に語らっている……。


 ――キャバクラ。


 酒と女の色気……。

 そして、ひとつまみの自己肯定感を得るために、男たちが集う都会のオアシスである。

 通常、この手の店が開くのは、二十時くらいからと相場が決まっているが、そこはここ神楽町だ。

 探してみれば、早い時間から開いている店というのも存在した。


 普段以上の速度で迷宮米の収穫を終えたおれたちは、上機嫌なカシラに連れられ、まだ日も沈んでいないというのに、そんな店のひとつへ押しかけてきたのである。


「おい、適当に女を見繕ってくれ!

 酒もな!」


 入店と同時、そう言い放った鮫島のカシラが、案内を待たずにズンズンと店の奥へ歩む。

 そして、最奥の中心地に位置する島の、そのまた中心となっている席へ、どかりと座ったのであった。


「おい、お前らも遠慮してねえで座れ!」


「へい」


 カシラに急かされ、おれたちも同じ島へと歩む。

 そして、後からキャストたちが入ってこれるように、適度な間を置きながら着席する。


 急にやって来て、横柄といえば、あまりに横柄な態度……。

 しかし、そこは神楽町のキャバクラだ。

 店の側も心得たもので、すぐに数人のキャストたちが、おれたちの島へとやって来てくれた。


「鮫島のカシラ~。

 随分と久しぶりじゃない?」


「なあに? こんな時間に押しかけて……。

 今日は、よっぽど収穫が多かったんだ?」


 そんなことを言いながら、手早く酒の支度を整えてくれる。


「いや、収穫はいつも通りだったんだけどよ。

 ちっとばかり、めでたいことがあってな」


 カシラはといえば、自分を挟むように着席した嬢たちの胸元を見ながら、上機嫌に返事した。


「なあに~? おめでたいことって?」


「迷宮で、何か新しい発見でもあったの?」


 嬢たちが、やや目を細めながら尋ねる。

 裏の世界において、情報は最大の宝だ。

 もし、何か金になる発見をしたヤクザからの覚えがめでたければ、彼女たちも商売繁盛するからな。


 さもなくば、情報屋にでもその情報を売るか……。

 もっとも、たかがキャバ嬢ごときが、そんなリスキーな真似はしないだろう。

 任侠の世界において、裏切りは大きな禁忌だ。

 もし、シノギに関する重要な秘密を漏らしたなら……。

 さらわれて迷宮に連れ込まれ、そのまま二度と地上へ帰れなくなったとしても、文句は言えなかった。


 いやまあ、酒の勢いがあるとはいえ、大事な秘密を、こんな場所でこんな娘たちに話す方が悪いんだけどな!


「発見でもねえなあ。

 でもよ。もしかしたら、こいつが何か大きな発見をして、でけえシノギにしてくれるかもしれねえぜ。

 なあ、ギン?」


 まだ酒を注がれたばかりだというのに、早くも大事な情報をこんな場所でこんな娘たちに話す豊田組若頭、鮫島薫四十七歳の姿がここにあった。


「いや、はは……。

 どうでしょう?」


 スーツ姿の仲間たちと異なり、ただ一人しょぼくれた芋ジャージ姿のおれは、銀色に染めた髪をかきながら愛想笑いする。


「つまんねえ謙遜するなって、今朝も言っただろうが。

 こういう時、ヤクザってのはな……。

 いっそ話を盛りに盛って、ふんぞり返ってればいいんだ。

 虚勢でもハッタリでも、そうしていれば、貫禄ってのは後からついてくるもんよ」


 ウィスキーの注がれたグラスを手にしたカシラが、上機嫌で講釈を垂れた。

 虚勢やハッタリ、か……。

 あんまり、おれには向いてない気がするなあ。

 おれの心中をよそに、カシラの武勇伝が始まる。


「俺だってよ。

 最初は、ヨネクイの一匹にも震え上がっちまうような根性なしだった。

 だが、一匹倒せるようになって、それを酒飲みながら自慢してよ……。

 そうすると不思議なもんで、それができて当たり前って、そういう風に思うし、実際できるようになるんだ。

 なあ? てめえらもそうだろ?」


 ――へい。


 そうだろ? と、言われても、この状況であんたにそう聞かれて、否と言う人間は組にいないっすよ。

 若頭補佐の馬場さんたちが、間髪を入れずに返事した。


「お前も、せっかく背負うもんが変わったんだ。

 これからは、もっと堂々としねえとよ」


「へえー、そんなにすごいんだ。

 でも、お兄さんってここ来るの初めてだよね?

 そんな目立つ髪なら、あたしも覚えてると思うし」


 タバコを取り出したカシラにすかさず火を付けてやりながら、嬢の一人がまじまじとおれの髪……。

 銀色に染め上げ、逆立てたそれを見やる。


「まあ、おれは稼ぎも悪いし、夕方からは他にやらなきゃいけないこともあるから。

 今日も、ちょっとひっかけたら上がらせてもらうつもりだし」


「ああ、そいつは分かってるから心配するな。

 オヤジの世話をするのも、大事な仕事だからな」


 紫煙をくゆらせながら、カシラがうなずく。

 こういう時、この人は案外とさっぱりしていて、無理矢理に付き合わせるということがない。

 そこは、明確に美点といえるだろう。


「――急に入ってきて、騒がしくすると思ったらよ!

 こいつあ、落ち目な豊田組の皆さんじゃねえか!」


 他の島から聞えよがしな大声が響いてきたのは、おれたちがそんなやり取りをしていた時のことである。


「確か、豊田組のシマといやあ、本所の錦糸堀迷宮だったよなあ!

 お前、あそこの特産品がなんだったか知ってるかあ?」


「米だろ!

 毎日、毎日、迷宮に潜ってはお百姓さんしてきて、ご苦労なこったぜ!」


「違いねえ! 江戸の昔はどうだったか知らねえが、今は『山』をシマにしている組なんざ、稼ぎが少なくって仕方がねえだろうによ!」


 明らかに、おれたちを挑発しての言葉……。

 それに、豊田組の皆がぴくりと肩を震わせた。


「――野郎!」


 特に強い反応を示したのが、新人構成員の田村和夫――カズで、立ち上がろうとするのを馬場さんに制される始末だ。

 二十一歳という年齢を思えば仕方ないが、あまりむやみに喧嘩を買うものじゃない。


「カズ、放っておけ」


「ですけど……!」


「店の中で暴れる気か?

 それとも、口喧嘩でもするか?

 大の男が、みっともねえ真似しようとするんじゃねえよ」


「……へい」


 馬場さんのみならず、カシラにも言われ、少ししょげながらカズがうなずく。


「江戸の昔、迷宮が出現したばっかりの頃は、食い物やら何やらを産出する『山』の迷宮持ちは、もてはやされただろうけどよお……。

 やっぱり、今の時代は『宮』だぜ!

 それか、レアメタルを吐き出すような『ほら』の迷宮だ!」


 調子に乗ったのか、続けられる挑発……。

 それに、嬢の一人が首をかしげる。


「なあに?

 『山』とか、『宮』って?」


「迷宮の種類だよ。

 『山』っていうのは、樹海とかの自然型。

 『洞』は、その名前通り洞窟型。

 『宮』っていうのは、どこかの遺跡とか城とか、そんな感じになってる迷宮らしい」


 おれが解説すると、カシラもうなずく。


「で、俺たち豊田組は、『山』で収穫した高級な米をシノギにしているわけだ。

 宮内庁くないちょう御用達でな」


「ああ、だからカズ。

 気にする必要はねえぞ」


 カシラの言葉を馬場さんが引き継ぎ、再度、若手構成員を抑えた。


「『洞』や『宮』は、話に出てきたレアメタルとか、迷宮でしか得られない道具が産出されたりするからさ。

 最近は、そういうのをシマにしている組が勢いづいてるんだよ」


 酒をひと舐めして、おれも口が回ったか……。

 隣の嬢に、解説を続ける。


「ふうん。

 確かに、石油を扱ってる油目組とか、あたしでも知ってる大企業だもんね。

 そういえば、あそこで持ってるのが『宮』だとかなんとか、聞いたことある」


「ああ、代表格だよ」


 嬢の言葉にうなずきながら、酒をまたひと口舐めた。

 明治を迎え、我が国が大日本帝国となって以来……。

 急速に力を付けたのが、今、話に出てきた油目組みたいな資源を売り物にしている組だ。


 で、それが昭和から平成になっていくと、半導体などに欠かせないレアメタルを産出する『洞』持ちの組織が台頭してくる。

 あまり言いたかないが、実際、うちみたいな『山』をシマにしている組は斜陽だった。


「――はっ!

 これだけ言われて、言い返しにもこねえなんざ、意気地がねえ!」


 おれたちをよそに、挑発はまだまだ続く。

 反応がない挑発を長々と続けるとか、案外と根性あるな。あの人たち。


 揉め事なんか起こせば、面倒なだけ。

 カシラもそこはわきまえており、あくまでガン無視スタイルを貫いていたが……。

 ついに、聞き捨てならない言葉が放たれる。


「でもまあ、しょうがねえか!

 ボケ老人が組長やってる組なんだからよ!」


「ああ!

 違いねえ!」


 その言葉に……。

 おれとカシラは、立ち上がった。

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