記憶を失くした俺は美人の先生や美少女達と一緒に学生生活をやり直したい

まさ

プロローグ

 ずっとずっと遠く彼方まで限りなく、白い光に満ちている。

 両の目を凝らしても、それ以外には何も映らない。


 草を踏む柔らかな感覚があって、甘い花の香りが鼻腔をくすぐってくる。


 足が鉛のように重い。

 目指す方向も目的も分からないままに、よろよろと歩む。


 けれど、不安は感じない。

 むしろ心地よくて、平穏な安らぎが胸の中を満たしていく。


 やがて息が上がり汗ばみ始めたころ、何処からか、


 ―― 歌声?


 その方へ足を向けると、耳に心地よい声が風に包まれてやって来る。


  ―― あなたは今どこにいますか

  

  ―― 私はもうじき旅立ちます

 

  ―― 崩れそうだった私を

     見つけてくれたあなた


  ―― 幸せな日々を一緒に

     過ごしてくれたあなた

 

  ―― たくさんの思い出をありがとう

 

  ―― 神様どうか、私に翼をください

 

  ―― 小さくていいから

 

  ―― 言い尽くせない想いだけ鳥に

     なって、蒼穹の空を舞えるように

 

  ―― ずっとあなたの傍にいて

     守っていたいから


 春の光のように、優しくて暖かな、でもどこか物悲しくもあって。

 どこかで耳にしたような、そんな歌。


 やっと何かが目に留まる。

 うっすらと、小さく。 


 人影か?  

 星のような輝きを帯びた長い髪が、吹きそよぐ風に靡く。


 そこにいたのは女の子、同じくらいの年格好に見える。


 金色の髪は煌々と光彩を放ち、目に眩しさを送ってくる。

 上下純白のドレスに負けないほどの、ガラスが透くような白い肌。


 凛とした立ち姿、まるで平原に力強く咲いて風に揺れる、一輪の花のように。


 何故だろう、淡い光が顔を覆っていて、表情が霞んでいる。


「こんにちは。ここ、どこか分かる?」


 問い掛けに、女の子の口元が解けた。


「…………待ってたよ」


 鈴の音のように清く澄み渡る声が、耳に流れ込む。


「待ってたって……? 俺のことを?」


「ええ。ありがとう、来てくれたのね」


「何故、俺のことを? 君は誰なんだ?」


 見覚えは無い。


 けれど、どこか懐かしく、そして愛おしく、かけがえのない。

 そんな気持ちが、心の奥からシャボン玉のように沸き上がる。


「私、もう行くね」


 そう静かに告げると、女の子はゆっくりと踵を返して、小さな背中を向けた。


「お、おい、待ってくれ。君は……?」


 後を追い駆けようとしても、鉛の足は前に進まない。


「あなたに会えて本当によかったよ…… 一緒にいてくれてありがとう。元気でね」


 彼女の言葉が胸にこだまして、何故か両の眼から滝のような涙が溢れ出す。


「おい、待ってくれ、お願いだあ!!!!!」


 喉が裂けんがばかりの絶叫を、彼女に向けて解き放つ。


 彼女はこちらを何度も何度も振り返り、そして小さく手を振る。

 口元を緩めて白い歯を覗かせながら、ゆっくりと遠ざかっていく。


 やがて、白い光の向こうに、その姿は溶け込んでいって――


「…………私の想いは消えないから。幸せになってね…………」


 最後に、消え入るような声がした。


「待ってくれええ~~!!!!!」


 声が枯れるまで叫び続け、泣き続ける。

 頼む、届いてくれ…… と願い込めながら。


 けれど、その咆哮は虚空に空しく響いて、彼女は戻ってはこない。



◇◇◇


 ―― ? 


 寸刻の後、目に届く景色が切り替わる。


 真っ暗だ。

 目を見開いて、辺りに頸を回す。


 青く淡い光を湛えた広い窓、見慣れた茶色い家具、暗闇の中で白く浮かぶ天井…… 

 柔らかいものの上に、身を横たえている。


 ……いつもの俺の部屋か…… 

 まだ夜中のようだ。


「またあの夢か」


 窓から差し込むわずかな月光の下、少し汗ばんだ額を腕で拭いながら、

 静けさが染みこんだ空気に向かって、独り事を吐いた。


 誰なんだろう、あの子は?

 考えても、いつも思い出せない。


 けれど、決して忘れたくない。

 それだけは分かるんだ。




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