第54話
フォークナー養成学校にはいくつかの建物がある。
その中にある科学棟は魔女の帽子を被った尖塔のような形をしており、小さいながら最先端の研究設備があった。
そこに呼ばれたコンラッドは科学棟の中にある部屋のドアをノックした。
「俺だ。コンラッドだ」
「あ。どうぞ~。勝手に入ってくださーい」
中から気だるい女性の声が返ってくる。
コンラッドがドアを開けると薄暗い研究室だった。
研究室には見たこともないアイテムや素材、研究道具が所狭しと置かれており、随分賑やかだった。
声の主はキッチンにいた。正確にはキッチンではなく、ただの水場だが、その周辺に色々と調理道具が並んでいる。
シャンタルは眠そうな顔で目の下にクマがあり、ボロボロの白衣を着ていた。白衣の下はタイトなミニスカートだけで、胸元はただボタンを留めているのみだ。
校内で一番大きなサイズを誇る胸はこぼれそうになりながら揺れている。長い赤毛は手入れがされてなくボサボサで、全体的に覇気がない。猫背でいつも体をゆらゆらと揺らしていた。
シャンタルはフラスコで沸かしたお湯でコーヒーを淹れ、それをコップに注いでいた。
「お久しぶりですねえ……。先生……」
コンラッドは呆れながら部屋を見渡した。
「お前、ここに住んでるのか?」
「そんな感じです。一応宿舎に部屋はあるんですけど、帰るの面倒で……。たまにシャワー浴びに帰るくらいですねえ。ニコラがうるさいんで……」
シャンタルはちびりとコーヒーを飲んだ。
「あの……。座ってもいいですか?」
「え? ああ。ご自由に」
「じゃあ遠慮なく……」
シャンタルは近くの椅子に腰掛けるとテーブルに大きな胸を重そうに置いた。
「ふー……。これのせいで肩こりが酷いんですよ……。研究にも邪魔だし……」
「大変そうだな。うちの嫁さんも似たようなこと言ってるよ」
「嫁さん……。あー、アーシュラですか……。そうですね。あの子も魔力が多いから……」
シャンタルはコーヒーをもう一口飲んで面倒そうに尋ねた。
「そう言えばなんでここに?」
「アレンに言われたんだ。ハンデがいるってな。俺が本気出したら生徒が死ぬからお前が作ったアイテムを付けろとさ。言われなくても本気なんて出さないのに。信頼されてないな」
「アレンらしいですね……。昔から優しくて人気者……。正直嫌いでした……」
「まあ、お前とはノリが合わないよな」
コンラッドは苦笑いを浮かべた。
「それでアイテムって?」
「えっと、これです」
シャンタルは銀色の腕輪を撮りだした。表にも裏にも魔方陣が彫られている。
コンラッドは腕輪を受け取り、持ち上げて眺めた。
「これを付けると俺の力がセーブされるのか?」
「はい。正確にはマナ操作がやりづらくなりますね。ほら。元々マナ操作も魔術も魔法も似たようなもんなんですよ。外にあるマナを使うか、体内にある魔力を使うかの差で。細かく言えば回路が違うんですけど……。まあ、そこら辺の説明は面倒だから省きます……。簡単に言うとそれは使用者の回路を混戦させるんですよ。だからマナが使いづらくなる」
「へえ……。また物騒なもんを作ったな」
「人間はなんの工夫もなしでは魔族の魔法に勝てませんからね。だけど魔法を弱める枷が作れれば状況は変わってくる。っていうコンセプトの元作りました」
「ふうん。じゃあ本来は魔法用か」
「はい。魔法相手ならもっと弱らせられます。よっぽどの強さがない限り使用不可ですね。捕まえてそれを付ければ」
「捕虜にできる……」
コンラッドはふうっと息を吐いた。
「まあ、なにが起こるか分からない時代ですからねえ。備えあれば憂いなしですよ。それに、道具に罪はない。罪深いのはそれを使う人間の方です」
「……違いない」
「差し詰め、先生を弱らせることができればこの腕輪は成功ですね。名前はなんにしよう……。よわよわリングとかでいっか」
「俺は実験台かよ……。まあいい。ハンデは必要だ」
コンラッドは微笑してよわよわリングをテーブルに置いた。
シャンタルはコーヒーを飲み干すと不思議がった。
「にしてもなんで再試験なんかやるんですか? 面倒なだけなのに」
「なんでって言われてもな。あいつらが実戦に投入できるレベルからほど遠いのは事実だ。ただ、少し気になったんだよ。たった一週間でどれだけ成長できるのか」
「若いですからねえ」
「ああ。なにより、これからの時代を担っていく連中を見極めたかった。複雑な時代だ。ただ強ければいいってわけでもない。前の世代が見つけられなかった答えを見つける必要がある」
シャンタルは面白そうにへらっと笑った。
「それはあの子達も責任重大ですねえ」
コンラッドは窓の外を見つめて静かに言った。
「……当然、俺達大人も責任は取るさ。ただ、未来を作るのは彼らだ。その資格があるならだけどな」
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