第32話

 コンラッドは意外そうにした。


「世界は狭いもんだな。もうエリンの兄さんに会えた」


 ウォルクは膝をついたまま眉をひそめる。


「なぜ妹の名前を知ってる?」


「話すと長いんだが、エリンとは色々あってな。今は俺の森を守ってもらってる」


「お前の森? どういう意味だ」


「いや、だから話すと長いんだって。聞く?」


 面倒そうにするコンラッドに対し、ウォルクは怪しみながらも近くの箱の上に座った。


「聞こう」


 コンラッドは砦であったことをかみ砕いてウォルクに伝えた。


 だがウォルクは半信半疑だ。


「つまりお前は魔王を倒した一味で、あの領主から森を取り返してくれたってことか?」


「まあ、そんな感じ」


 あっけらかんと告げるコンラッドに威厳は微塵もなかった。


 しかし手合わせしたウォルクはこの男の底知れなさを知っていた。


 コンラッドは腰に手を当てて尋ねた。


「それで、あんたはこんなところでなにをしてるんだ? 早く帰ってやれ。エリンが心配してるぞ」


 ウォルクは俯いた。


「……そうしたいのは山々だが、俺にはまだやるべきことがある」


「やるべきことって強盗か?」


「ちがう! 俺達は金目当てでお前を襲ったわけじゃない」


「じゃあなに目当てだよ。言っとくけどな、俺には二人の息子と身重の嫁さんがいるんだぞ。おまけに現役は引退してるし。そんなおっさんを襲う正当な理由があるのか?」


 ウォルクは少し気まずそうにしながら答えた。


「正当だとは言えないが、理由はある」


「なんだよそれ?」


「……俺達はお前を人質にするつもりだった」


 人質という台詞はコンラッドの人生に縁遠いものだった。


 人質を取られるなら分かるが、自分が人質になるなんて想像もしていない。


 なによりそれができる存在がこの王都にいるとは思わなかった。


「人質? あのな。俺を人質に取っても意味ないぞ。うちにカネなんてないし、なによりそんなことしても嫁さんが払うわけない。俺共々消し炭にされるよ」


「ちがう。お前の家族に対してじゃない」


 ウォルクに否定され、コンラッドはポカンとした。


 家族以外に自分の身を必要としてくれる相手が思いつかない。


「……じゃあ、なにに対してだ?」


 ウォルクは自分達が来た方向を見て言った。


「カーティスだ」


「カーティス?」


「ああ。お前はあいつの屋敷から出てきただろ? しかも親しげだった」


「そりゃあ元生徒だからな。え? それで俺を襲ってきたのか?」


「そうだ」


 コンラッドは頭をポリポリと掻いた。


「あいつは警察だろ? どんな目的があればその先生を人質に取ろうなんて考えるんだよ?」


 ウォルクは視線を夜空に移した。


「……最近王都に戻ってきたお前は知らないだろうが、カーティスは我々の間では魔族殺しで有名な男だ」


「あー。そう言えば強盗の奴も言ってたな。それが?」


「多くの仲間があいつに捕まった。殺された奴もいる」


「……まあでも、悪いことをしたら仕方ないんじゃないか? あいつも一応仕事だし」


 ウォルクは眉をひそめた。


「魔族が犯罪に走るのは人間が我々を排除しようとするからだ! 人間の社会で生まれた魔族はここでしか生きられない。なのに人間は俺達を毛嫌いしている。魔王討伐に協力した恩も忘れてな」


 ウォルクはマントを脱ぎ、シャツをめくって胸元を見せた。


 そこには大きな傷があった。


 コンラッドの顔色が真剣なものに変わる。


「……それは?」


「人間達に拷問でつけられた傷だ」


「拷問? 仲間の居場所を吐けってか?」


「ああ」


 ウォルクは頷き、怒りの形相で続けた。


「俺はカーティスに捕まり監獄に入れられていた。ここにいるのは仲間のおかげだ。仲間が俺を逃がしてくれたんだ。命と引き換えにな。あいつは、カーティスは悪魔だ」

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