第16話
食事を終えるとすっかり夜になっていた。
屋敷の警備をピエールから言い渡されていたロンの元にコンラッドがやってくる。
「よ。お疲れさん」
「あ。先生。話は済みましたか?」
コンラッドはロンの隣によっこいしょと腰掛けた。そして寂しげに頷く。
「ああ。魔族の討伐を依頼されたよ。成功すれば五百五十万。悪くない額だ」
「……やるんですか?」
コンラッドは答えなかった。代わりに寂しげな笑みを浮かべる。
「ここは長いのか?」
「え? まあ。五年ほどです」
「そうか。じゃあ卒業してからすぐってわけじゃないんだな」
「ええ。あれから王都で軍人として働いてました。でも平和が続いて人員が減らされ、自分もその対象になったんです。簡単に言えば軍人だけど仕事がないから他で働いて稼いでくれってことです。それから仕事を探して転々としている内にここに辿り着きました」
「なるほど。魔族が弱ったせいで王都に危険はなくなったけど、辺境の土地ならまだまだ仕事があるわけか」
「俺だけじゃないですよ。他の仲間も腕で食べていこうとした奴らはみんな似たようなもんです。まあ他人に教えられるほどの技術があるわけでも知識があるわけでもありませんから、仕方ないです」
ロンは恥じるような笑みを浮かべた。
コンラッドは真剣に答えた。
「自分を卑下するな。お前は立派にやってるよ」
「でも、俺よりすごい奴はいくらでもいますよ。同じ養成所にいた奴らと比べても雲泥の差です」
「他人と比べれば誰だってそうだよ。トップ以外は全員敗者になる。肝心なのは自分が満足できるかだ」
「満足……ですか……」
ロンは悔しそうに下を向いた。
コンラッドは哀れみを向ける。
「お前言ったよな。あのチョビ髭は金庫にカネを隠してるって。どうせ世に出ちゃいけないカネだろ? お前は王都から派遣されてるはずだ。ならまだ所属は一応そっちだろ? なんで黙認してるんだ?」
「……それは、通報すれば職を失いかねませんから」
「お前の腕があればどうにかなるだろ?」
「……そうもいきません。この町に女房と子供がいるんです。あいつらを路頭に迷わせるわけにはいきませんよ」
コンラッドは小さく溜息をついて夜空を見上げた。
「返す言葉もない。でも、俺は教えたはずだ。どんな困難があろうとも正しいと思う側に付けと。自分を偽った人間は二流に落ちる。好きでもないし、肯定もできないことをやってるんだ。やる気が出るわけない。お前は立派で、大人だ。だけど胸を張って生きてない。それはどこかで破綻する生き方だよ」
「…………」
ロンは何も言い返せず黙り込んだ。
自分で言っておきながらコンラッドは苦笑しながら立ち上がる。
「まあ、それは理想論であって現実はそう甘くないけどな。食うためならイヤなことでもしないといけない。俺もそうだ」
コンラッドはぐーっと背筋を伸ばし、「いたたた」と押さえた。そして月明かりが照らす森を見つめた。
「この世界は歪んできてる。どうにかするのが大人の役目だ」
やれやれと肩をすくめるコンラッドの背中をロンは黙って視界に入れていた。
するとコンラッドは笑顔で振り返った。
「あ。そう言えばさ。あのチョビ髭はどうやって王都と連絡してるんだ?」
「え? ああ。マナ通信機ですよ。最近できたんです。それを使ってやり取りしてると言ってました。なんでもホットラインがあるとか」
「よく分からないけどお前はそれを使えるのか?」
「まあ、少しでしたら。それが?」
「いや。ちょっと気になっただけだよ。そうか。便利な世の中だな」
しみじみするコンラッドを見てロンは不思議そうだった。
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