第10話
コンラッドは馬車に揺られていた。
荷台の上でぼんやりと空を眺める姿は寂しげだ。
髭を生やした御者のおじさんはそんなコンラッドをチラリと見た。
「なにかあったかい?」
「……いや、息子が大きくなったなあと思って。毎日見てると気付かないもんだけど、離れてから考えると随分成長してたんだなと」
「出稼ぎかい?」
「まあ、そんなとこだ。ついでに世界も救おうかなと思ってる」
おじさんは愉快そうに笑った。
「ついでに救える世界ならいいんだがな」
「ちがいない」
しばらくするとコンラッドの視界に見慣れないものが入ってきた。
あったはずの森はすっかりなくなり、代わりに砦と町ができている。
「あんなのあったか?」
「ん? ああ。三年前くらいかな。近隣の領主が町を広げたんだ。魔族から襲われるんで今じゃ町と砦は菓子のおまけみたいにセットになってる」
「へえ。知らなかったな。なにもない綺麗な場所だったのに」
森が生い茂っていた場所からは木々の緑が消え去り、山肌が完全に露出していた。
「木々を切ってそれで家と砦を作る。人がいれば薪が必要となるから森の一つや二つはすぐに消えちまうよ」
「そう言えばこの道も昔はなかったよな?」
「ああ。ここも二年前にできた。距離は短くなったけど、その分おっかないがね」
「なにか出るのか?」
御者は周囲の山をチラリと見た。そちらにはまだ木々が残っている。
「魔族や魔獣に襲われるんだ。危ないからみんなガードを雇ってるよ」
「用心棒か。物騒な時代だな」
「ああ。昔は盗賊が怖かったが、今はその盗賊をガードで雇って魔族から守ってもらってる。因果なもんだ。でも奴らは容赦がないからな」
「盗賊よりもか?」
「全然違うね。盗賊はカネを払えば見逃してくれた。物は盗っても命までは取らないことが多かったよ。だが魔族は違う。あいつらは人間を恨んでるからな。見つかったらまず殺される。この前も食料を運んでいた業者が殺されたよ。ガードもろともな。食料は奪われ、馬だけが遺体を乗せて戻って来た」
「そいつは恐ろしい」
コンラッドは苦笑したが、御者は真剣だ。
「冗談じゃないよ。そうでなくても魔獣が出るんだからな」
「そう言う時はどうするんだ?」
「逃げるんだよ。肉を置いて逃げれば奴らはそっちに行くからな。だから干し肉を常備している」
「それが目当てで襲ってくるんじゃないのか?」
「かもな。でも山も森も獲物が減ってる。あいつらからすれば人間を襲うのは当然なんだろう。まったく迷惑なもんだ」
御者は馬を見てから周囲を見渡した。
「そう言えば今日はこいつらが反応しないな。いつもなら魔獣が近づくだけでせわしなくなるのに」
荷台で山を見つめるコンラッドはフッと笑った。
「野生は強さに敏感だからな。勝てない相手は襲わない。今も見てるだけだ」
「いるのか?」
「遠いけどな」
御者もコンラッドと同じ方向を目を細めて見るが森があるだけでなにも見えない。
「……あんた一体何者だ? フリーのガードか?」
「子離れできない二児のパパだよ」
御者は怪しむが、深くは詮索しないようにした。
するとコンラッドの瞳が遠くでなにかを捉えた。コイン大の砦の方を凝視する。
瞬間、緩んでいた顔に真剣さが出て来た。
「戦ってるぞ」
「なに? どこだ? 見えないぞ?」
「砦の方だ。男達がなにかとやり合ってる。人か?」
「きっと魔族だ。あいつらあそこに何度も攻め入っている。そのたびに追い返してるんだ。でも若いもんが大勢死んでるらしい」
「たしかに若いな」
「見えるのか? どんな男だ? 知り合いの息子もいるんだ」
コンラッドは目を細めて見えた者を告げた。
「いや、男じゃない。人間でもない。魔族の女の子が戦ってる」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます