第18話 負けられない勝負。


 リビングに戻りしばらく待っていると、真凛がスリッパの音をパタパタと鳴らしながらやってくる。

 

「り、律。ごはんできたよ」


「う、うん。ありがとう、真凛」


 まだ言い慣れないのか、まだ少したどたどしい言い方。……とはいえ、それは俺も同じだ。顔が熱くなるのが分かる。


「「…………」」


 お互い見つめ合ったまま無言の時間が流れる。まるで時が止まったかのようだ。


「……律〜? 早くこっちきて手伝ってちょうだい〜」


 キッチンの方から聞こえた母さんの声で、俺たちは我に返る。


「い、行こうか」


「うん」


 ◇◇◇


 テーブルの上に並んだ色とりどりの料理たちを囲んで、俺たちは手を合わせる。焼き魚と、肉じゃがとポテトサラダ。どれも俺の好物だ。思わず喉が鳴る。


「「「いただきます」」」


 俺の隣には真凛。すっかり定位置になった席に座って料理を取り分けてくれる。

 

「ありがとう、鳴海さん」


「……律〜?」


 つい癖で苗字で呼んでしまった俺を、真凛がジト目で見る。


「あ、いや、ありがとう真凛」

 

「……よし、合格」


 なんとか合格点をもらえた俺は、さっそく取り分けてくれた肉じゃがを口に運ぶ。


「……美味しい」


 心がほっこりと温かくなる味。いつも母さんが作ってくれるのとはまた違う、でもどこか懐かしい味。


「これも食べてみて。自信作」


 そう言ってポテトサラダをスプーンで掬い、俺に差し出す真凛。すっかり慣れた手つきだ。


「あーん。……律?」


「いや、母さんもいるし……」


「私のことは壁だと思ってちょうだい?」


 母さんが意味不明なことを言っているが、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

「だってさ。……ほら、なに恥ずかしがってるの? 前もしたじゃん」


 ……前は俺からだったような気もするけど、それを言うのはなんだか野暮な気がしてやめた。


「わ、分かったよ。……あーん」


 差し出されたスプーンを一思いにパクリ。ニヤニヤしている母さんは無視することにする。反応したら負けだ。


 口の中に広がる、ホクホクのポテトサラダ。


「……美味しい?」


 しっかりと味わいながらもぐもぐとしていると、心配そうに真凛がそう俺に尋ねてくる。ごくん、と飲み込んだあと口を開く。


「めちゃくちゃ美味しいよ! ……これ、真凛が作ったの?」


「うん。今日のために頑張って練習したんだ」


 俺の返答を聞いて、真凛はほっと一息ついて安心したような笑顔を浮かべる。


 今日のために……?


 そこで俺は真凛の指に巻かれた絆創膏に気付く。


「これ……」


 真凛の手を取り、伴奏の巻かれた指に触れる。それはこのあいだ巻いてもらったのと同じ絆創膏だった。可愛らしいクマさんのイラストと目が合う。


「ちょっ……? り、律……?」


「……え、ああごめん!」


 真凛のその驚いた声に我に返ってパッと手を離す。


「……青春ねぇ。そんなの見せられたら若返っちゃうわ」


 しみじみと呟いた母さんと、真っ赤になって俯いてしまった真凛。それをみて黙り込む俺。


 ……そんな和やかな? やりとりをしながら、楽しい食事の時間が流れていくのだった。


 ◇◇◇


「ちょ、赤甲羅はずるくない?」


「ふ、勝負にずるいもなにもないよ?」


 食事を終え、俺たちは一緒にリビングのテレビでマリオカートを遊んでいた。


 まさに今、一位を走る真凛に赤甲羅をぶつけて俺が首位をもぎ取ったら、そのことに対して真凛が口を尖らせて文句を言う。


「……もう一回やろ。次勝った方が100勝ね」


 そんなクイズ番組の最終問題のようなことを言いながら、俺に寄りかかってくる真凛。


 ソファに腰掛けている俺たちの距離はゼロに近い。最初はもっと離れていたような気がするけど、気付いたらどんどんと密着していたみたいだ。……勝負に真剣になりすぎて全然気付かなかった。


「よし、いいよ。その代わりコースは俺が選ぶね」


 そう言いながら俺は最難関コースの『ワリオスタジアム』を選択。ここは俺が最も得意とするコースだ。


「……大人気なくない? 私、そこ苦手なんだけど」


 確かにさっきも最下位だったような。ここはコースを熟知していないとかなり難しいから、まぁ負けないだろう。


「ふふふ。このゲームの持ち主としても、負けるわけにはいかないからね。本気で行くよ」


「……それじゃ、もし私が勝ったらさ」


 そこで一度言葉を切り、俺の方を向いて――。


「今日、一緒に寝ようね」


「……はい?」


 ――ピーーーッ!


 突然のことに驚いている俺を無視し、レース開始の笛が鳴る。


 俺が操作するマリオが「アワワワワ〜」と情けない声を上げながらクルクルとスピン。どうやらスタートダッシュに失敗したらしい。


 そして、そんな俺を嘲笑うかのように、真凛は華麗なスタートダッシュを決める。グングンと離れていく俺たちの距離。リアルの俺たちとは正反対だ。……って、冷静に考えてる場合じゃない!


「ちょ、待って! ズルいって!」


「待たなーい。勝負にズルいもなにもないんでしょ?」


 ぐっ……! そ、そう言われると言い返すことができない!


 いやしかし、このコースならまだ勝てるはず……! なにせ、1番やりこんだコース、まだまだなんとかなる。

 

 ――そんなことを考えながら、俺は必死に真凛の背中を追いかけるのだった。


 ◇◇◇


「……参りました」


 結局、その後も何度も真凛の妨害(くっついてきたり、顔を肩に乗せたり)に遭い、逆転することは叶わなかった。


 最後の最後でキラーを引いた時は「勝った!」と確信したけど、ゴール手前で効果が切れてしまい、そのまま真凛が首位でゴールしたのだ。


 ……いや、この際そんなことはどうでもいい。気になるのは真凛の言葉だ。あれは本気だったんだろうか? それとも冗談?


「ふっふっふ。いんがおうほーってやつだよ」


 渾身のドヤ顔を披露している真凛と、疑念に駆られている俺。


「……さっきのあれ、本気なの?」


「え、本気だけど」


 当たり前でしょ、と真凛。当たり前なんだ……。


「……もしかして、なにか勘違いしてない?」


「え」


「一緒に寝るって、一緒の部屋でってことだから。……もしかして、一緒のベッドかと思った?」


 どうやら俺の早とちりだったらしい。……いや待てよ? 一緒の部屋でもマズイ気がするんだけど。


「……律ってやっぱりムッツリだよね」


 俺の考えを察したのか、真凛がそう言って俺を揶揄う。

 

「なっ……!?」


 ニヤニヤと真凛が俺の顔を覗き込みながら言うものだから、俺は咄嗟に顔を逸らしてしまう。


 ……顔が熱い。


「二人ともー、お風呂入っちゃいなさい……って、あらあら、もしかしてお邪魔だったかしら?」


 さらには母さんがやってきて、そんなことを言うもんだから、俺の顔はさらに熱くなる。


「はーい。……律から入ってきなよ。私は後でいいからさ」


 そう促されて、黙って頷いてから逃げるようにそそくさとリビングを後にする。


 ……風呂で熱くなった顔を冷やそう。うん、それがいい。


 ――でも、この時の俺は知らなかったのだ。一緒に寝るという言葉の

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