花言葉殺人事件
かわうそ
第1話 最悪な目覚め
寒さを感じて目を開けると月明かりに照らされただけの暗闇が目の前に広がっていた。少し視線を動かすと視界の端にチラリとうつる黒い影。暗闇に目が慣れてきて、黒い影が人間だと分かった俺は危険を感じ逃げ出そうとした。しかし身体が動かない。見ると俺の身体は縄でしっかりと拘束されていた。
人影はスタスタと足音も立てずに歩いてきて俺の目の前で止まると話しかけられた。
「目が覚めたかい?」
感情のない低い声。目出し帽のような物を被っていたから顔はわからないが、その声をどこかで聞いた事がある気がする。
「あなたは誰ですか?なんでこんな…」
俺の言葉は途中で遮られた。男の手に握られているもの。それを見た俺は、このまま殺されるかもしれないという想いが溢れ出し何も言えず、ただ震える事しかできなかった。
「お前は知ってはいけない事を知ってしまった。悪いが、ここで消えてもらうよ」
そう言うと男は拳銃の銃口を俺の方へ向けた。
「うぃー。今日も1日お疲れ様れすっ!」少し離れた場所から聞こえた呂律の回らない声。
黒い男は引き金を引こうとしていた指を一度離し拳銃を持ち直すと俺から離れて声のする方を見に行った。
「今のうちになんとかしないと!」そう呟いて身体を動かしてみるが拘束された身体はピクリとも動かない。唯一、動かせる首を限界まで動かして周りの状況を確認すると廃屋のような場所にいる事がわかった。暫く使われていないのだろう。見える範囲だけでもひび割れや錆びついているのが確認できる。こんな所に助けなんて来ないだろう。ここにいる事を誰にも気づかれないままかもしれない。
『やっぱり俺このまま死ぬのか?』そんな想いが心を支配する。どうにか逃げる方法はないかと頭をフル回転させて考えていると黒い男が戻ってきた。
「ただの酔っ払いだ。驚かせやがって」邪魔された事に腹を立てているのだろう、さっきまでとは違い少し苛立っているような声だった。再び俺に銃口を向けて引き金に指をかけた男を見て最期を覚悟して俺は目を瞑った。
『〜♪』
俺のお腹のあたりから突然、聞き覚えのある音が聞こえた。スマホの着信音だ。
「おい!早く止めろ!」焦ったように言う男を見ながら、パーカーのポケットに入れてあるスマホを取ろうと身体を動かすが、やはり身体は動かない。
一体どれだけ頑丈に拘束しているのだろう。ひょっとすると今、目の前にいるこの男はプロの殺し屋とか…?そんな事を考えていた俺は酔っぱらいの声で現実に戻された。
「んー?なんだぁ?誰かいるのかー?」さっき聞こえた酔っぱらいの声だ。スマホの音が聞こえたのだろう。俺の方へ近づいてくる足音が聞こえる。
黒い男が声の方を振り返って俺から銃口が逸れた。
「助けてください!」大きな声で叫ぶ。俺の声が聞こえたのか足音が先ほどより早くなる。走っているようだ。
「チッ」黒い男は舌打ちをすると俺の耳元で「これで終わりじゃないからな」と言うと足音と反対方向へ走り去った。
やがて足音が近くなり、目の前が明るくなった。
酔っぱらいの男がスマホのライトで照らしているようだ。
「助けてください」
近づいてきた酔っぱらいは拘束されている俺を見て驚いた様子だった。
銃口を向けられた時は死を覚悟したけど、これで助かる。そう思うと安堵して、そのまま気を失った。いつしかスマホの着信音も聞こえなくなっていた。
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