バレンタイン前、好きな人にチョコの作り方を教えてって言われました。僕、玉砕っていうことでええんよね?
水鳥楓椛
2月7日Wednesday
僕、
ふわふわと綿飴みたいに柔らかなミルクティー色の髪に、ラムネみたいな涼しげな瞳を持つハーフの女の子。お家がお金持ちで勉強・運動共になんでもそつなくこなすその美しく気品高い姿と彼女の持つ名前から、彼女は『ひめ』と呼ばれている。
「えー、あづさ弓というのは———………、」
古文の先生の授業を聞き流しながらちらっと横を見ると、彼女は金平糖のピンク色みたいなシャープペンシルの押す部分を顎に当てて、首を傾げていた。窓際の1番後ろに座る彼女は窓から覗く葉っぱと空に照らされて、きらきらと輝いている。ふわっと揺れる肩上ぎりぎりの髪は、しっかりと手入れされているのか風が僕の方に来る度にお菓子みたいに甘い香りが届く。
僕がじっと見つめているのに気がついたのか、お姫さまこと
頬が林檎みたいになってしまうのを感じながら、僕は慌てて先生の方に視線を向けた。
———きーんこーんかーんこーん、
間抜けで変わり映えのしない音を聞きながら、僕はふぁうっと欠伸する。
「ねぇ、今日タピろ〜」
「いいねぇ!私も行きたい!!」
「あたしも行っていい?」
「いいよ〜」
クラスメイトたちが放課後になった瞬間に明るい声をあげ始めたのを聞きながら、僕は机に突っ伏す。
(あ〜、今日も帰ったらお仕事かぁ〜)
大きな欠伸をこぼす僕を、周囲の人たちは怠惰だと言うが、これは不可抗力ではないかと僕は思う。
だって、僕は今日もケーキを作るために5時に起きたのだから。
「あの、」
やっぱり眠い。
「あのっ、」
ほらほら僕が聞きたいって思うような声の幻聴も聞こえてきてる。
「あの、かんりょじくん!!………噛んじゃった………………、」
肩が落っこちそうなくらいにガックリした声が聞こえて、僕は寝ぼけ眼でぐずぐずと机から起き上がる。
ブラックチョコレートみたいな僕の瞳がとろとろと蕩けていく感覚を受けた。
「ん、」
ミルクティー色の髪を揺らし、ラムネ色の瞳を不安げに滲ませて僕の目の前に現れた美少女
「どないしたの?姫さん」
顔がふわっと赤くなった彼女はむぅっと僅かに表情を歪めた。
控えめに言って可愛い。
「姫、とは言わないでください」
「じゃあ、きなこさん?」
「………今はそれで我慢しましょう」
作り上げられたような微笑みで返してきたきなこさんに、僕は首を傾げた。
うん、マジで別嬪さんすぎひん?
「んで?僕なんかになんかご用?」
「はい」
静かに頷いた彼女は僕に向けて深々と頭を下げる。
「わたしに、チョコレートの作り方を教えて欲しいのです。バレンタインで、好きな人にチョコレートを渡したいのです」
容姿端麗、才色兼備、それでいて文武両道ときた彼女が僕に教えてもらうことがあるようには思えない。それどころか、僕が教わることの方が多そうだ。
(あぁー。僕、玉砕ってことでええんよね?)
密かに恋をしていた人からの告白によって心の中を巣食う寂しさに、僕は諦めるように苦笑した。
「………えぇよ〜。で?何作りたいん?僕、これでもパティシエの息子やけん、色々作れるよ」
「えぇっと、何が1番簡単ですか?」
「別にチョコなんてパティシエの本気やなかったら、基本なんでも一緒やない?」
「えっと、じゃあ、マカロン………!」
ぱあぁっと顔が輝いたきなこさんには悪いが、突っ走る方向が悪い。
僕は苦笑しながら黒胡麻色の癖っ毛を掻き混ぜる。
「マカロン………、それまた難しいの行ったねぇ」
「え、そ、そんな………。マカロンって難しいのですか?」
「難しいよ。パティシエでさえも最初は苦労するお菓子第1位やね」
ちなみに僕もマカロンは最初5回も失敗してしまった。
カピカピになったりドロドロになったり、それはそれは痛い目を見たお菓子だ。
「まあ、きなこさんならできるんやない?」
「む、むむむっ、無理ですっ!」
あまりにもブンブンと首を振るために、僕は首を傾げた。何度も言うが、彼女は容姿端麗、才色兼備、文武両道の完璧美少女だ。
僕が心配するまでもなくきなこさんは1発で完璧な料理を………、作ってはくれなかった。
「こ、これ何?」
3時間後、僕の目の前にあったのは炭になったぐしゃぐしゃの物体。
丸でもない。薄茶でもない。
「ま、マカロン?」
首を傾げて微笑む姿は可愛い。めちゃくそ可愛い。
けど、
「これはないっ!!」
「っ、」
こんなメタクソ料理は初めて見た。
そもそも僕の父はパティシエで僕の母はフレンチのコック、妹に至っては管理栄養士を目指すご飯のスペシャリストだ。
我が家でぐしゃぐしゃのご飯なんて見たことがない。
「ひとまず、なぜこうなったのかの検分をせな………!!」
ピエ、フランス語で「足」という意味を持つ、マカロンの生地の下の部分にできるはみだした生地ができないのは、
・メレンゲがしっかり泡立っていないこと
・乾燥不足、もしくは乾燥のさせ過ぎ
・オーブンの火力が弱いこと
ぐらいの3つが考えられる。
マカロンの表面に大きなヒビが入っているのは、
・乾燥が十分にできていないこと
・オーブンの温度が低すぎること
・マカロナージュ、生地とメレンゲの泡をつぶしながら混ぜ合わせて、生地の固さ調整をする作業が不足していること
ぐらいの3つ。
その他にも、乾燥に時間がかかる場合はそもそも生地が原因があることが多い。
(でも、ちゃんとやってたよな………)
粉類であるアーモンドプードル 90g、粉糖 80g、ココアパウダー 10gを玉にならないようにしっかりと篩にかけ、そのあと卵2つ分の卵白を白くなるまでしっかりと電動泡立て器を用いて泡立て、グラニュー糖 70gを小分けにしてツノが立つまで混ぜてメレンゲを作った。そして、粉類とメレンゲをゴムベラで切るように混ぜ合わせ、マカロナージュを作った。
ここまでは確かに問題なかったはずだ。慣れないことをしていることによってもたつきはあったとしても、丁寧で問題のない手付きだった。
この後しぼりで生地を作る際に色々あったが、それもまあ許容範囲内だった。
オーブンはケーキ屋さんである我が家自慢のオーブンを僕が設定して使用した。
失敗する要素はない。ないはずなのに、失敗が起きた。
それがまた面白いと感じる僕は、相当にお菓子作りというものの魅力に取り憑かれてしまっているのだろう。
「………わたし、お料理がとても苦手なのです。何をしても失敗してしまう」
「………———、」
「もう、諦めます。わたしには、どう頑張っても、どう抗っても、無理なのです」
先程まで期待に輝いていたラムネ色の瞳が、絶望に落とされたような、苦痛に苛まれたような、悲しげな色に染まる。
その瞳を元の輝きに戻したくて、その瞳にラムネボトルの中で夏の光に照らされて夢のような輝きを放つ光を灯したくて、僕はゆっくりと微笑む。
黒胡麻色の癖っ毛に手を添えて、アーモンド型のブラックチョコレートの瞳を細めると、僕の目の前には不安げに佇む美しい少女がいる。
きらきらと輝くフルーツタルトみたいに、人々を魅了する彼女に戻したい———。
「大丈夫。何のために僕がおると思っとるん?」
僕の言葉に、きなこさんはパチパチと瞬きする。
「僕、これでも大会で優勝経験のあるプロフェッショナルやで?」
不思議そうで不安そうな彼女も可愛いけれど、やっぱり僕は満面の笑みの彼女が見たい。
ま、振られてるけど………。
「僕の辞書にお菓子作りの不可能はあらへん」
にっこりと笑った僕に、きなこさんは泣きそうになりながら笑った。彼女のラムネ色の瞳からこぼれ落ちる涙は綺麗にカットされた飴細工みたいに、きらきらと輝いていた。
とまあ、格好を付けたのも束の間、お土産に僕の作ったお菓子を渡して暗くなる前に彼女を家に帰した僕は、キッチンの前に置いている椅子に崩れ落ちた。
「どう考えても!どう足掻いても!あれだけはっ、あれだけはない!!」
僕の叫びがこだまするキッチンで、僕はふーっと息を吐く。
「明日こそは絶対に成功させてみせる」
決意を新たにした僕は、もう一度マカロンの材料を出し、1から丁寧に作業し始める。
———明日こそは、綿菓子みたいにふわふわと可愛いあの子の顔に、スイーツの魔法で笑顔の花を咲かせたい。
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