第5話 翼竜騎士団②


ガオウそしてケシャとの交渉は何事もなく上手く行き、絶好調かと思われた矢先、また一つの壁へとぶつかってしまう。


「ユナは翼竜騎士団の一員だった、だが今は違う」


先程のガオウとは全く違う冷やかな口調にソフィリアの背筋に緊張が走った。


「ただ、俺はまだユナを…待っている」


そう口に出したガオウの手は震えている。そこにはどれほどの悲痛な思いがあり、葛藤し続けてきたのか。

燃えていた赤色の眼が次第に色褪せていくのを肌で感じる。


暫しの沈黙後、ガオウは応接室を後にした。


「すみません、配慮が足りなかったようで」


「いいや、君のせいじゃない」


ケシャは気丈に振舞いつつも、ガオウと同じく、奥底には自責の念に駆られているようだった。


「不躾ながらお尋ねします、ユナ=プレンシバレンツは一体何者なのでしょうか」


ケシャは視線を落とし、意を決して口を開いた。


「ユナは姉の死をきっかけに剣を握ることをやめた」


紡がれた言葉は酷く悲しいものであった。

死というものは人の人生を左右させるほど多大な影響を与える。剣を握ることをやめたのも頷ける理由である。


「プレンシバレンツ家でユナへの期待は絶大なものであったのだろう。実際、彼のセンスは私達を遥かに凌駕する」

「そのせいでプレンシバレンツ家の人間は彼を見ていなかった。それは彼という存在を侮蔑し、軽んじた行為に等しい、ユナ自身も悔しくてたまらなかっただろう」


口調こそは穏やかに聞こえるが、そこには深い怒りを含んでいる。

ユナ=プレンシバレンツという人間を想い、尊重していたからに過ぎない。


「そんな中、たった一人彼を見ていたのが彼の姉であるミリア=プレンシバレンツ。翼竜騎士団元副団長にして“神の寵愛”を受けた歴史上たった一人の騎士」

「そんな彼女こそがユナにとってどれほど大事な存在であったかは計り知れない、だが彼女は悪神との戦いで命を落とした」

「それからユナは翼竜騎士団を退団し、剣を握ることをやめた」


ケシャの言葉からはユナという人間を痛いほど理解することが出来る。

ただ、理解し、共感し得たのはユナの人間性ではない。彼の置かれていた立場や経歴といった外見的な要因のみ、彼自身を知るには、彼に会うことが必要不可欠である。


「事の顛末をご教示くださり大変感謝します、差し支えなければ私にユナ様を説得させて頂けるよう願います」


「正気か?ソフィリア、それはあまりにも慈悲が無さすぎる」


「慈悲がどうこうの問題ではありません、話を聞き、一層彼の力を必要と見なしました」


ソフィリアの眼光はケシャに負けないほど鋭い、今ここで対立が生まれてもおかしくないくらい空気が張り詰めていた。


「何か策はあるのか?」


ガチャっとドアが開く音がした。

張り詰めた空気を割くように、ガオウがそう問いかけてきた。


「これといった策はありません、ただ今は彼の力が欲しいというだけです」


「ユナを説得しに行くのなら我も行こう」


ガオウの行動を予測していなかったのかケシャは目を丸くし、言葉を失った。


「非常に心強いです、是非お願いします」


「ガオウ…お前も正気の沙汰とは思えない。彼は今失意のどん底にいる、そんな中で……」


ケシャの言葉を遮るように、ガオウはドアノブへと手をかけた。


「我は決してユナを陥れようとしているわけじゃない、ユナが失意のどん底にいるのなら我が救ってやる」


ガオウの眼に再び赤色の闘志が燃え上がる。


「ケシャ様はどうされますか?」


ケシャは行かんとするガオウの姿に鼓舞され、視線を上げた。


「私が間違っていたようだ、ガオウ、ソフィリア…私にも役目を果たさせて欲しい」


扉を開き、闇に光を差し込む為へと歩みを始めた。

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