第3話 過ちの果て


「判決を下す、被告人。有罪」


ニアの冷酷で無機質な声が法廷で響き渡る。


その日、アリサ=ヴァレットは傷害致死罪の疑いで刑事告訴され有罪判決を受けた。

天界の法に則り、アリサは懲役十五年。天界唯一の刑務所であるアバンへと送還させられる。


「はっ、そうかい。好きにしなよ」


アリサは挑発的な目線、物言いをニアに向けた。

ブロンドを掻き分け、不敵な笑みを浮かべ、紺青色の目で辺りを見渡す。

その目から絶望は感じ取れず、有罪判決を受けた者とは思えないほど気高く美しかった。


ニアは侮蔑の眼差しで彼女を見ていた。

正義を愛し、公正を望むニアからすると反省の意を感じられないことに酷く腹を立てたのだ。


「君は、本当に罪を犯したのか?」


ニアの口から思わぬ発言が飛び出し、法廷は喧騒に包まれた。


「どうだろうな、いつかわかる日が来ると思うぜ」


アリサは軽口を叩くように言葉を紡いだ。

そこには畏敬は感じられず、むしろ試すような神をも恐れぬ発言であった。


結果、アリサ=ヴァイオレットは有罪という判決を受けたまま閉廷した。


この裁判は正義そして公正の上で成り立っているはずだった。

裁判から約一年後、検察側が提示した証拠は虚偽のものであると発覚し、裁判のやり直しを求める声が多発していた。


「俺が…判決を見誤った、俺のせいだ」


ニアは自責の念に駆られ、焦燥感に囚われていた。

自らが正義を体現し、民を正しい方へと導いてきた。だが今は正義とは程遠い、絶対にしてはならない誤りをしてしまったのだ。


既に懲役一年が経過している。民の貴重で尊い一年が自分のミスで失われてしまったのだと、ニアは気が気ではなかった。


「ニア様、どうされましょうか!?」


「決まっているだろう。アリサに直接出向き、誠心誠意、謝罪する」


熱が走る。ニアの額には滝のように汗が流れている。次第に息も荒くなり、初めて犯したミスに自分自身の全てを否定されているように感じた。


アバン刑務所は非常に立派で荘厳な造りになっている。天界唯一の刑務所というのが権威を維持している理由だろう。


「こちらへどうぞ」


看守に導かれ、アリサのいる独房へと重い足を運んだ。


「久方ぶりだな、アリサ=ヴァイオレット」


監獄の目の前に立つと、ベッドから重い腰を下ろしアリサはこちらへと向かってくる。


「いつぞやの、裁判官…いやカミサマじゃねーか」


アリサは変わりなく、笑みを浮かべていた。

試すような笑みを。


「今日は話があってここへ来た」


「アタシに話…か」


ニアはいつも通りの冷静さを取り戻すべく、呼吸を整え、ゆっくりと目を見開いた。


「すまなかった、アリサ=ヴァイオレット。私の不徳の致すところ、判決は翻り、君は無罪だ」


ニアの握る手のひらは汗で湿り、全身が燃えるように熱かった。


「あーそうかい、アタシは気にしてねえよ」


アリサの思わぬ返答にニアは呆気に取られ、思考が一瞬止まった。


「アタシはここが合ってんだよ、むしろ天界は生きずらいくれえだし」


アリサ自身気にしてないと言っている。だが、それはニアをより苦しめるものである。

ずっと公平を志してきた、ニアにとっては。


「それでは納得がいかない、私はずっと正義を公平を望んできた、謳ってきた。どうにか私に罰を与えてくれ」

「君は私を辞任させる権利を持っている。それがここの、天界のルールだからだ」


天界の法律の裁判官に対する記述には「もし裁判官が判決を見誤った場合には、被告人に裁判官を辞任させる権利を付与する」と記載されているのだ。


「興味無いね、アタシが別にお前を辞めさせたところで何の得もねえし」


刹那、アリサの紺青色の瞳が揺らいだ。


「お前、罰を与えてくれって言ったけど、それアタシからの願いでもいいか?」


「あぁ、勿論。私が出来る範囲ならなんだってする」


ニアの決意はアリサに伝っていた。

それで君が助かるならと、ニアは覚悟を決めた。


「アタシと同等、もしくはそれ以上のつええ奴をアタシは求める」


アリサの願望、それは自分より強い者と闘うこと。天界で屈指の強さを誇るアリサには対等の存在が現れることはなかった。

神や騎士など強大な力を持っている種族は存在するが、どちらも無闇な争いは禁じられている。


「了解した、この太陽神ニアは君の願いを、責任を持って叶えることをここに誓う」


ニアはアリサにひざまずき、頭を下げた。自身の未熟さ、驕りを恥じ、アリサに一度でも抱いた軽蔑の意を謝罪するように。


「あの日の約束を俺は破るつもりは無い、ソフィリア、身勝手かもしれないが頼む」


ニアはソフィリアに深く頭を下げた。

ソフィリアはため息をつき、顔を上げるよう促した。


「事情は分かりましたし、真実も分かりました」

「断る理由もありません、こちらとしては願ったり叶ったりです」


「あぁ、ありがとう」


ニアはソフィリアの手を取り、改めて頭を下げた。


「本来ならばニア様も参加していただけるのが一番こちらとしてはありがたいところですがね」


ニアは再びソフィリアの視線を受け流し、苦々しく笑った。


「俺はきっと戦力にならないと思うよ、それと他に宛はあるのか?」


「ええ、一応。大本命の翼竜騎士団へと交渉に行こうと思っています」



“アウロラ”まで残り28日。


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