第4話
かくして新しい学校の吹奏楽部に入部し、初めて迎えた夏のコンクール。県大会の会場に先輩たちのサポートとして同行していた俺は、本当にたまたま、他校の群れの中に蓮の姿を見つけてしまった。やっぱ、男子って目立つ。身長も、制服も。団体行動の最中だったから声はかけられなかったけれど、約束通り吹奏楽を続けていることが分かって、嬉しかった。
楽器の搬入を終えた一年生は、そのまま客席でコンクールを見学する。先輩たちの演奏にも気合が入っているのが伝わって、ゾクゾクした。やがて、楽器を仕舞った先輩たちも客席に合流し、一緒に他校の演奏を見守った。
最後の学校の生徒たちが登壇したのを見た時、俺は思わず声を上げそうになった。ぼんやり見覚えのある制服の中に、サックスを持った蓮が居たからだ。
(あいつ、一年なのにコンクールメンバーに選ばれたのか……!)
悔しい。シンプルに、そう思う。うちの学校はそれなりに層が厚いから、一年生は全員控えだ。それが普通だと思っていた。これが引退前の最後の舞台になる先輩だって居るのだし。
でも、違う。本当は、そんなの関係ないのだ。十分な実力があれば、限られた椅子を先輩たちから奪い取ることだってできる。あいつは、それをやってみせた。やってやろうとも思っていなかった自分に、腹が立つ。
コンクールの結果は、うちの学校がダメ金で、蓮の学校が次の大会への切符を手にした。涙を流しながらこれまでの健闘を称え合う先輩たち。一年生にはその気持ちを全て汲み取ることはできないけれど、悔しいものは悔しい。先輩たちの夏が終わってしまったことも、自分が当事者になれなかったことも、蓮の学校に負けたことも、全部。
帰り際、自分の学校の輪をこっそり抜け出した俺は、必死に探し回って蓮を見つけた。いきなり名前を呼んで、「次は負けねえ!」と一方的に宣言する。蓮はキョトンとした顔をした後、嬉しそうに笑った。
この日の悔しさを糧に死に物狂いで練習し、翌年からは俺もなんとかコンクールメンバーに食い込んだ。俺の学校と蓮の学校は同じ県内でも地区が違うから、互いに県大会まで進まないと直接
願いが通じたのか、うちの学校は無事に三年連続で県大会まで進み、同様に予選を突破していた蓮とも毎年顔を合わせていた。別に会場で仲良く駄弁るようなことはしていないが、少なくとも俺は勝手にあいつと勝負しているつもりでいた。中学では同じ学校の仲間として協力し、高校では他校のライバルとして競い合う。自分で言うのもあれだけど、熱い。文化部の青春も捨てたもんじゃないぜ。
そんなあいつと、就職先でバッタリ出くわした時は、本当に驚いた。勉強が嫌いで大学へ進学する意思もなかった俺は、高校を卒業した翌月に新卒採用の枠で今の会社に入ったわけだが、同期入社した仲間の中に蓮が居たのだ。
「あれ? 航大だ。久しぶり~」
へらへらしながらヒラヒラ手を振る蓮。固まる俺。なんだ、なんだと様子を窺う他の同期たち。私語は慎め、とキレる上司。なかなかカオスなオリエンテーションだったな、うん。
なんとなくのイメージでしかないけれど、蓮は都会の音大にでも進学して、本格的に楽器を続けていくのかと思っていた。そんなイメージが付いてしまうくらい、こいつは音楽が好きだったから。そう本人にも伝えたところ、どことなく悲しそうな笑顔で、
「進学なんて考えたこともないよ。金かかるじゃん」
と零した。経済的な事情は、どうにもならない。「そうだよな」としか返せなかった。
それから話していくうちに、蓮は部活の引退を機にバイトを始めたこと、サックスは辞めたが家でピアノを続けていたこと、そのうち防音室付きの物件へ引っ越す野望を持っていることなんかが判明。バイトはちょっと意外だったものの、音楽馬鹿なのは変わっていなくて安心する。
俺もいずれ自分のトランペットを買う予定があって、隠さず話したら途端に目が輝いた。「セッションしよう!」と身を乗り出して言ってくるので、「分かった、分かった」と必死に宥めたものだ。それから俺が自分の楽器を買ったのが半年後、蓮が例の高層マンションへ引っ越して実家のグランドピアノを運び込んだのが一年後のことである。
以来、俺たちは時間や体力に余裕のある日に集まって、好き勝手に音をぶつけ合う名ばかりのセッションをするようになったのだった。
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