第4話「切り抜き師は高校生」

 僕、見嶋目代は切り抜き師をしている。チャンネル名は【切り抜きたくて】、チャンネル登録者数は十万人を超している。

 一部界隈からは「たくてニキ」の愛称で親しまれている、有名な切り抜きチャンネルと言ってもいいだろう。


 常に一定の動画投稿ペースを保ち、それでいて質の高い動画を量産しているから人間離れしていると言われているのだ。BOT、もしくは複数人で運営されているのでは? という人もいるくらいだ。概要欄に何も書かないから人間味がないらしい。


 切り抜き動画に必要なのは目を引くエンタメ性と取り上げるVtuberの個性と好きだ。僕という人間はノイズでしかない。いらないものは排除すべきなのだ。推しを前に壁になりたいと言う人たちの気持ちが今なら分かる。

 期待するから裏切られたような気分を味わうのだ。それなら徹底して自我を殺した方が良い。


 企業や個人、登録者の数など関係なく、数多のVを見漁った結果、どこがセールスポイントで視聴者が何を求めているのかも分かってしまう。狙ってバズらせることも出来るくらいには、僕の目は肥えていた。


 切り抜き動画を作るのに必要なのは情報収集だ。

 どこが好かれるか、どんな需要があるか、どこを見てほしいのかをくみ取って、魅力を詰め込んだ宝箱を創るようなものだ。


 好きを詰め込むための中身をひたすらに探す必要があった。そのためには手間暇と時間を惜しまずにつぎ込むのだ。


 妥協をして作る切り抜きなど切り抜きにあらず。


 休み時間を無駄にしないように大手動画サイトを開き、配信アーカイブを再生する。印象に残りそうな部分をメモしてピンを付けてフォルダに保存をする。


「相変わらずオタクしてんなー」


 クラスメイトの声が頭上から降り注ぐ。


「絵が動いてるやつだろ? なんだっけ」

「Vtuberだ」


 動画サイトで人気を博している新ジャンル……というには規模が大きくなった一コンテンツだった。


「イラストも可愛いけどさぁ、現実にも目を向けようぜ。下よりも前向けよ」


 僕の一つ前の席にはミディアムヘアの女子生徒が座っている。


「ほら、目の前には麗しい人魚姫がいるだろ?」


 天谷汐里。

 胸まで下がった黒いサラサラの髪、セーラー服から覗かせる白く透き通るような肌、細いけれど柔らかさを感じさせる体のライン。真珠のような真ん丸な目は、深海を煮詰めたような青色をしている。彼女が纏っている吸い込まれそうな魅力は、この瞳から放たれているのかもしれない。


 彼女の声を聞いたものは、この学校にいないと言われている。席替えをしてから一週間が経過したが、彼女の声を耳にしていない。授業中もずっと黙っているし、誰かと会話をしている様子もない。

 持ち前の美貌と合わさって、ついたあだ名は人魚姫。



「いるな、で?」

「で? じゃねえよ。こんな正当な理由で彼女を見続けられる特等席に座っておきながら、」

「いや背中しか見えないし……大体そういうのって隣の席のほうが価値あるんじゃないの?」

「いやいや分かってねえな。授業中に隣の席ガン見するわけにはいかないだろ? けれども後ろからならいくら見たって不自然じゃないし、むしろ合法だろ! それに後ろの席だとプリント回しという特権があるじゃないか」

「特権て……ただの業務みたいなもんだろ?」

「同じ人魚姫でも、僕は彼女のほうが魅力的だな」


 スマホをすいすいと動かして、僕の最推しの姿を見せつける。

僕が切り抜き活動とは関係なく推していた〈汐見もくず〉とは大違いだ。


 ピンク色のツインテールに散りばめられた紫色のメッシュ、ヒトデや真珠があしらわれた髪飾り、フリフリなチョーカーから垂れ下がる雫型のネックレス、二枚貝を模した胸部分の布は可愛らしさと煽情的な魅力を両立させている。寒色でまとめ上げられたフリルたっぷりのマーメイドドレスを身に纏った女の子、それが汐見もくずだ。

 二年見続けても色あせない可愛さだった。


「見ろ、この素晴らしさを」

「お前さあ、会えない画面の住民よりも目の前の美少女だろ?」

「ほら目の前にいるだろ、史上最強の美少女が」

「いるっていうか……録画だろ? それ」

「ああ、録画というかアーカイブだな。でも、これは彼女が生きていた証であり、今後も彼女がネットで生きていくための命綱なんだ」

「でも中の声優? というか、そういう人は別に普通に生活してんだろ? そんな壮絶に語ることじゃなくね」

「バーチャルと現実を一緒にするな。Ⅴと魂は別物なんだ」

「おお、そうか……」


 ずいっとスマホを押し付けるが、距離を取られてしまう。


「お前、ずっとそんな感じだよな。いつもスマホで動画ばかりみるようになって」

「人の趣味にケチ付ける気か?」

「いや、そんなつもりはないけどさ……」

「けどさ、何?」


 なんで真面目な顔を僕に向けるんだ。そんな疑い深い瞳を向けられても何も出来ないのだが……


「……もしかして、お前清楚系じゃなくてギャル好きとか?」

「なんでそうなるんだ⁉」

「いやだって、そこまで拒絶する理由っていったら好みから外れてるとしか思えなくてな」

「好みとか好みじゃないとか以前の話でだな」

「ということは、つまり?」

「僕は天谷さんのことをただのクラスメイトとしか思えないし……」

「興味ないってことか?」

「ないっていうか、ただのクラスメイトでしかない」


 席が前後なだけで特別な感情を持てるわけがない。


「なー、天谷さん。コイツの事どう思うよ? こういうのばっか見てんだけどさ」


 僕のスマホを手から奪い取り、天谷さんに見せつける。


「ばっか、返せよ」


 手を伸ばすもひょいとかわされてしまう。

 前の席に座る美少女は、〈切り抜きたくて〉チャンネルが映っているスマホをじっと見つめた後に、僕の顔を睨みつけた。そして何も言うことなく、ふいっと視線を逸らした。


「完っ全に怒ってたな」

「ええ、何で?」

「さあな」

「さあなって、完全に他人事だな」

「完全に他人事だしな。しかし、さっすが人魚姫。苦言の一つも漏らさなのな」


 まあ本当に人魚姫だとしても、僕が好きな人魚姫とは正反対。

 天谷さんのようなおしとやかさはなく、姫というにはお転婆が過ぎる。だけれど、何にも代えがたい可愛さと魅力を兼ね備えた完璧な存在。


 それが僕の推しであり、もう会えないお姫様なのだ。

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