断片

トロッコ

 道は地平線まで続いていた。わずかな雲が空に冴え、タンブルウィードが地を穿つ。数百キロ先まで鳥の囀りすら聞こえない。赤い岩肌が遠くに見える。そこは人間の土地ではない。そこは人類が生まれる数億年前に海から這い出た土地なのだ。人々はここに絵をかき、名を付け、親を埋め、この土地を自らの手中に収めようとした。それが成功したかどうか? それはアスファルトの荒れた路面と、傍らの錆びた緑の案内標識だけが物語る。赤土を駆ける熱風に煽られ、ギイギイと軋むその標識には、これから旅人が訪れる土地の名が刻まれている。その名に追いやられるような形で、隅にひっそりと何かが刻まれている。「クローバー」。それがこの虚無の名前。もう誰も呼ぶことのない名前。すっぽり抜け落ちた名前。ここは世界の空洞なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る