第44話 マドカ

「いい、お兄にはず~~~っと前から言ってるけど、女の子は繊細なお花みたいなものなんだよ? それを二人も連れ込んで仮に『ただの友達』とか『なんとも思ってない』なんて説明されても女の子は不安になるんだから! 友達相手でもきちっと一線を引いて、後ろから抱きしめて『俺には君だけだよ』って囁きながら耳元にキスを——」

「アーシャ、ご飯冷めるから食べよう」

「エッ!? 妹さんでしょ!? 良いの?」

「良いの」


 アーシャとヤイロ。二人の女子と朝食を食べていたことを見咎めた妹――マドカは俺にお説教を始めた。

 なると長いので適当にあしらうのが吉だ。


「ちょっと! 聞いてるの!?」

「聞いてる聞いてる。でもホラ、女の子に気を遣わせてご飯が食べられないのは可哀想だろ?」

「……お兄にしては良い着眼点ね。普段からそうやってきちんとお姫様扱いをしてあげてる? たまにじゃダメなんだよ? ただでさえお兄は平凡で普通なんだから、を相手に競り勝つためには真心まごころと気遣いしかないんだからね! 大企業の御曹司とか現役の天才外科医とかにお金や地位で勝負を挑んじゃだめだよ!」

「……何? 俺ってそんなのと争う予定なの? そもそも誰を巡って?」

「誰って……」


 マドカはくりっとした瞳でアーシャとヤイロを交互に見つめる。


「お兄、どっちが私のお義姉ちゃんなの?」

「どっちも違う」

「エッ!? こんな美人さん二人をもてあそんでるの!?」

「何でそうなる!?」


 俺に彼女がいると勘違いしてテンションがぶっ壊れてるマドカをなだめながら朝食の片づけを済ませ、お茶を出す。


「改めて紹介する。妹のマドカだ」

「初めまして、進藤マドカです! 中学三年生です! いつもお兄がお世話になってます!」

「こちらは俺のクラスメイトで同じ班のアーシャとヤイロだ」

「よろしくね、マドカちゃん」

「よ、よろしく……お願いします……」


 ぺこりと頭をさげたマドカにアーシャとヤイロも自己紹介を返す。

 タイプは違うが目が覚めるような美人を前に、マドカが珍しく照れていた。


「それで、突然どうしたんだ? 連絡もなく」

「連絡がないのはお兄でしょ!? マメな連絡が取れない男はモテないんだよ!?」

「妹相手にモテてもなぁ」

「そうやって相手を見て態度変える人も!」

「わかったわかった。……悪かったよ」

「もう。返信来たのは電車乗り継いだ後だったし、せっかくだから驚かせようと思って来たの」

「どうやって入ったんだ?」


 学園都市は曲がりなりにも迷宮ダンジョンの最高迷宮機関を兼ねている。

 入るタイミングでIDやら申請やら色々必要だったはずである。全寮制なのもそこら辺の兼ね合いなのだ。


「えっと、入り口にいた高田さんって人が『アキラくんの妹さん!? かわい~! 良いの、良いの、私が良いって言ってるんだからフリーパスよ!』って入れてくれた」


 ……何やってんだあの人は。


「いつでも遊びに来てね、ってゲスト用のIDもくれたよ?」

「……何やってんだあの人は!?」

「と言っても私はお兄の無事が確認出来たら原宿観光する予定だったんだけどね」

「そうなのか?」


 マドカは唇を尖らせた。


「当たり前じゃん! 学園都市で迷宮に潜ってるんだよ!? もし大怪我してたり死んじゃったらって思ったら……」

「悪かったよ。とりあえず昼飯でも行くか。奢るぞ」

「良いの!?」

「ああ。元気でやってるから安心してくれ」


 まさかついこないだ死にかけたとは言えず、背中に嫌な汗が流れる。

 アーシャとヤイロに視線を向ければ、さすがにマドカには黙っててくれるつもりなのか見えないように親指を立てたり、小さく頷いたりしていた。


「安心して……アキラ、怪我しても、治す……から」

「ヤイロは凄腕の治癒術士ヒーラーなの。私もヴァルキリーとしてアキラを守るわね」

「ありがとうございますっ!」


 良い雰囲気になってきた。

 ちょっと早いが飯でも奢って、時間が余ったら土産でも持たせるか。

 そう考えて立ち上がったところで、マドカから


「それで、どちらがお兄の彼女なんですか!? 凡庸で平凡な兄ですけど浮気とかしないと思いますし本当は優しいからオススメだと思うんです! ズボラですけど根は真面目なので仕事とかも一生懸命やって家庭を支えてくれると思いますよ!?」

「マドカ。待て」

「アーシャさん? それともヤイロさん? もしお付き合いしてたらお義姉さんって呼ばせてください! あのあのっ、それから一緒に洋服とか見に行けたら嬉しいです! お二人ともすっごくきれいなので必要ないかもしれませんが、一応はお兄の好きなファッションとか知ってるから力になれると思うんです!」

「落ち着け。どっちとも付き合ってないから」


 いつも通りの早口。とんでもなく喋るので言葉のカロリーが高い。胃もたれならぬもたれしそうな勢いである。


「エッ!? アクセサリーを贈ったりご飯をごちそうしたりしてデートに誘わないと! こんなモデル級の美人さんと知り合える機会なんてそうそうないよ? ここで頑張らないと一生後悔しながら一人寂しく老後を送ることになるよ? 86歳独身で孤独死なんて嫌でしょ?」

「何でそこまで決まってるんだ!?」


 め、面倒くさい……!


「ま、マドカちゃん……落ち着いて……?」

「そうよ。深呼吸、深呼吸。アキラってすごく強いし結構目立ってるから大丈夫よ?」


 珍しくアーシャがフォローしてくれたが、どうどう、と広げた手のひらをマドカは目ざとくチェックしていた。


「アーシャさん、その指輪は?」

「あ、コレ。アキラに――」

「あっ、馬鹿!」


 途中で止めようとしたが時すでに遅し。

 マドカからは、何かのスキルを使ってるんじゃないかってくらいの”圧”が放たれていた。


「お兄?」

「あの、弁解をさせていただきたく」

「却下。ねぇ、アーシャさんと決闘ってどういうこと? まさか女の子に暴力なんて振るってないよね? 万が一にでも傷が残ったらどう責任を——……そう。そういうことなのね……」

「待て。何を納得してるんだ?」

「アーシャさんをにして責任を取る体で同室になったのね!? お兄はしてないのにアーシャさんだけにまで嵌めさせて!」

「ご、誤解だ! アーシャも何か言ってくれ!」

「大丈夫よマドカちゃん。薬指にしてほしいって言ったのは私なの!」

「アーシャさんにここまで覚悟を決めさせたのに『付き合ってない』なんて言って……!! アーシャさん、今ならまだ間に合います。最近の医療は発展してるんで傷も綺麗に治りますよ! お兄なんてそこら辺の花壇に埋めて忘れましょう!」


 ……結局、誤解を解くのに2時間ほどかかった。

 なお、風呂場でニアミスしている件の秘匿には何とか成功した。

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