第41話 オーガ

を取りに来ただけだってのにイキったガキの相手をするはめになるとはな」


 ボヤいたボルコスの背後に、巨大な影が生まれた。

 濃紺色の皮膚に覆われ、はちきれんばかりの筋肉が詰まった3メートル近い巨躯。

 下顎からは発達した犬歯が牙のように伸び、ぞろりと生えた爪はナイフのように鋭く尖っている。


 C級モンスター、オーガだ。ただし皮膚の色が違うところをみると、変異種だろう。


 なるほど。コイツも召喚士か。

 たかが野盗に討伐依頼が出ていたのは、コイツが厄介だったせいだろう。


「……見張りの奴ら、後で殺してやる」

「安心しろ、もう死んでる」

「そりゃありがてぇ……後はテメェをぶち殺すだけだな」


 じり、と近づくボルコスだが装填ジャンクションする気配はない。

 馬鹿なのか、それとも何かの罠か。


 普通のオーガであれば馬鹿みたいな膂力で暴れる物理系だが、変異種の場合はわからない。

 警戒して距離を保てば、


「おい。首ィ持って来い」

「は、はいっ」


 ボルコスの命令でリファが弾かれるように走り出した。

 向かう先は先ほどベッカー達の首が並べられた廃屋だ。


「何の真似だ?」

「さぁな。文句があるなら掛かって来いよ」


 ……やはり罠か……?


 飛び出すべきか悩んでいたところでリファがベッカーの首を放り投げた。


「でかしたぞ! 後でたくさん可愛がってやる!」


 ボルコスはそれを掴むと、そのまま変異種オーガに投げつけた。オーガは避けるどころか手も使わず、それを噛み砕いた。

 脳漿と頭蓋の破片を滴らせながらも咀嚼し、変異種オーガはにんまりと笑った。


だ! 頼むぜ! ――ブルーオーガ、装填ジャンクション!」


 バチバチと紫電を鳴らしながら変異種オーガがボルコスの身体に吸い込まれていく。


 ……何か特殊な契約条件でも結んだのか?


「ハッハァ! お前が間抜けで助かったぜ! コイツは毎日、人の頭を一個渡さねぇと俺を殺そうとするイカレた召喚獣なんだよ!」


 なるほど……それは間抜けだ。

 歯噛みするが、すでに相手は装填し終えていた。


 まぁ良い。どちらにせよ俺がやることは決まっている。


「ぶっ飛ばしてやる」


 言葉とともに、戦いの火蓋が切って落とされた。


 ボルコスの身体は紫電を纏っていた。変異種は雷属性だったらしく、拳を思い切り振るう度に紫電が放たれる。


 高速で飛来する雷はどの一撃も致命傷になり得る破壊力を秘めていた。石材が爆ぜ飛び、地面がめくれ上がる。

 スラぼうを頼りながらなんとか致命傷を避けるが、ジリ貧だ。


「どうしたクソガキ。威勢が良いのは口先だけか?」

「さぁな。文句があるならぶちのめしてから言えよ」

「上等だっ!」


 ボルコス自身の速度も速い。プロレスラーのような巨体に見合わぬ速度は変異種オーガのステータスが上乗せされている影響だろう。

 紫電を纏った拳はきちんと対策をしなければ受け止めるだけでダメージを負うだろう。


 強く捌きづらい遠距離攻撃に、速く防御しづらい近距離攻撃。


 悔しいが、確かにこいつは強い。


 だが、力押しで倒せないなら知識と技術を使うだけだ。


 バチバチと唸る拳をギリギリで回避してバックステップを踏む。装填したスラぼうに指示を出しながら距離を取ったところで、ボルコスから大振りの一撃が放たれた。


 一つ目を回避。

 逆拳から二発目の紫電がほとばしる。


 ――ここだ。


 まさか俺が紫電に《頭から突っ込む》とは思っていなかったんだろう。

 ボルコスは目を見開いて硬直していた。


「なっ!? どうやって!?」


 応答はしない。ただこの隙を突いて全力の一撃を叩き込むだけだ。


 俺の頭に生成された《絶縁体である純水》を振り落とすように走り込み、間合いを一気に詰める。

 不純物を含まない水は電気を通さない。だからスラぼうに純水を作ってもらい、紫電の一撃を防いだのだ。


「毒を!」


「グガッ!?」


 アッパー気味の拳がボルコスの顎を砕き、口元に毒水を生成する。


「ガッ!? ペェッ……何だ!? 何をしやがった!」

「教えるわけないだろ? 馬鹿なのか?」


 直に毒も回る。

 すぐ見破られるだろうが、純水による防御もある。


 勝負あり、だ。


 即効性の猛毒が作れないのが難点だが、口に入った毒水は少なくない量が体内に取り込まれているはずだ。

 あとは時間さえ稼げばボルコスは死ぬ。


 そう考えたところで、顎を砕かれてだばだばと血を流していたボルコスが


「後ろを見てみな」


 そこにいたのは、リファとジータに捕まったニアだった。


「……ご、ごめんなさい……っ」


 左右から剣と短杖を突きつけられたニアは、目に涙を浮かべている。


「私に構わず――キャッ」

「黙れクソガキ!」

「喋って良いって言ってねぇだろっ!」


 左右から小突かれ口をつぐむニア。

 寄生虫どもリファとジータのことなどすっかり忘れていた。


 ……俺の落ち度だな。


「オラァッ!」


 俺が無抵抗になると踏んだのか、紫電が放たれた。


「テメェ、防いでんじゃねぇ! 人質を殺すぞ!」

「お前らが人質の命を握ってるんじゃない。人質がお前らの命を握ってるんだ」

「……ハァ? 何言ってんだ? 怖すぎてイカれたか?」

「いや、さ。――今だ、やれッ!」

「クソッ! 他にも仲間がいやがったかッ!?」


 俺の視線を辿るように向き直るボルコス。


「首から上がガラ空きだ」


 踏み込んで渾身の一撃をブチ込んだ。頬骨が砕ける感触とともにボルコスの身体が水平に吹き飛び、石材に激突して落ちる。

 ほぼ同時に響き渡る。


「ギャッ!?」

「クッ!? ブレード・ラビット!?」

「きゅっ!」


 死角に回り込んでいたラビが俺の合図で飛び出し、二人の内腿を裂いていた。大きな血管に達しているのか、すごい量の血液が噴き出し寄生虫二人はパニックになっていた。


 その隙を逃さずニアも逃げ出していた。


 まっすぐに俺へとやってきて飛び込むように抱きついた。


「ごめんなさい! 私のせいで……っ!」

「別に良い。問題なく勝てたしな」

「でもっ!」

「それよりも、こいつらの処遇だ」


 俺の視線の先、太腿を押さえながらもへたり込んだリファとジータがいた。



 

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