第16話 異世界へ

 続く木・金とアーシャと一緒に迷宮ダンジョン攻略を行った。

 パーティ申請も簡単に受け入れられ、暫定ではあるが俺はF班への所属となった。


 土曜日の今日はちょっと休みを貰って異世界に赴く予定だ。


 前日に買っておいた出来あいの朝食を取りながらスマホをいじる。

 深夜に来ていたメッセージを開くと、妹からだった。


『元気? もう学校は慣れた?

 お兄のことだから大丈夫だとは思うけど無理はしないでね!

 怪我とかしてたら怒るからね?

 あ、彼女が出来たらぜひ教えてね♡』


 うーん、鋭い。トサカに切られた傷はだいぶ塞がっているが、まだ絆創膏を貼っている。


 妹は耳年増というか、恋愛脳というか、ちょっと夢見ごろなタイプだ。

 アーシャみたいにむっつり系ではないものの、「高校生って彼氏とか彼女ができるんでしょ!? スタバでデートしたり夏にお呼ばれして海の近くの別荘に行ったりするんでしょ!?」みたいな少女漫画産の幻想を抱いているのだ。


 別荘を持ってる人がクラスにいる確率ってどんなもんよ……?

 それが異性でイケメンで自分のことを好きな確率となれば、交通事故より低い気がする。


 ともあれ妹は俺にすぐさま彼女ができることを信じて疑っていない。しかも大金持ちの孫娘だったり隠れてアイドルをやってたり魔法少女に変身できたりと、わりとアレな彼女が。


 無理に決まってんだろ!?


 こちとら年齢=彼女いない歴だぞ!?

 彼女作れ、と言われたら紙粘土かUVレジンを買いに走るくらいモテないのだ。


 面倒になったのでびっくり顔のスタンプで返信して画面を暗くする。


 奥の寝室でアーシャがごそごそし始めた音がするので、見つかる前に異世界にいくか。


 ……と言っても人気ひとけのないところまで移動したら心の中でリリティアに呼びかけるだけだが。


 ガーゴイルの時みたいに時間まで止めるのは難しいらしいが、異世界につなげるだけならそこまで大変ではないらしい。


「軍艦や島を送るとなれば話は別ですけどね~。一人や二人くらいなら、いつでもだいじょ~ぶです」


 そう言ってふんわり笑っていた。

 うーん、彼女にするならああいうゆるふわ系の女の子がいいな。

 癒しが欲しい。


 そんなことを考えながらリリティアが開いてくれた虹色の渦巻を通り抜けて異世界に向かう。

 彼女云々を考えるのはここまでだ。


 トサカに頬を切られたことで、俺は自分が如何に油断していたかを思い知らされた。

 異世界に来たのはヴァルキリーの情報を得るためでもあるが、メインは俺の甘えた性根を叩き直すためだ。


 本当はブラストさんとか歴戦の猛者と戦いたいんだが、俺が拠点にしていた街からブラストさんのいる街までは馬車で二週間はかかる。

 なので迷宮に籠って大暴れするか、ネームドモンスターと呼ばれる名前と賞金がつけられた強力なモンスターを狩りに行く予定である。


 と、その前にちょっと用事を済ませるか。

 制服の上から身分証代わりの腕章を巻いて召喚士ギルドへと入る。召喚士への依頼や仕事を一元管理しているギルドは酒場兼食堂が併設されていて、いつでも何人かはたむろしている。


 いくつかのテーブルから視線を感じるが、無視して受付に向かう。


 そこに座っているのはこの街のギルドの看板娘であるニアだ。

 自己申告では18歳と言っていたが、とてもそうとは思えない体つきと、そうとは思えないルックスの女性である。


 簡単に言えば、ロリ巨乳である。まぁ華奢で童顔なのは種族柄もあるらしいけれど。


 栗色の髪を装飾付きのピンで留めた姿は小学生かってくらいに幼い。

 たくさんのフリルがついたブラウスは胸元を誤魔化すためなんだろうが、それでもはっきりわかるくらいに大きい。


 日本に来たら即座にグラビアデビューして色んな雑誌の表紙を飾るような子である。 


「あっ、アキラくん! お久しぶりです!」


 ぴょいん、とニアが嬉しげに跳ね、胸元がたゆんと揺れる。

 思わず視線を逸らすとニアはいたずらっ子のように笑った。


「んふふ。アキラくんは相変わらず初心ですねぇ。ハニートラップに引っかからないようにおねーさんが色々教えてあげましょーか?」

「間に合ってる。それより買取を頼む」

「んもう、つれないんですから」


 拗ねたように唇を尖らせながらも俺の差し出した袋を受け取るニア。

 これで仕事はできる方なのだ。


 ちなみに俺がバリバリのタメ口なのは、敬語を使うと舐められるからだ。

 ブラストさんに口を酸っぱくして言われ、何度もぶっ飛ばされて学習した。今では敬語を使うのが苦手なくらいである。


「ちょっと計算お願いしてきますね! 奥に置いたらすぐ戻ってくるんで待っててくださいな!」


 ぱたぱたと奥に向かうニアを見送っていると、酒場の視線が俺に集まっていた。


「おい、何モンだアイツ……ニアちゃんがあんなに懐いてるなんて……!」

「お前はこの街にきたばっかか……あれが”五輝宝フィフスレイ”だよ」

「嘘だろ……あんなガキが……?」

「くそ……ニアちゃんと親しげに会話しやがって……!」

「チョッカイ掛けるならパーティから抜けてもらうからな……俺はまだ死にたくねぇんだ」

「腕章見ろ。あの年で召喚獣の常時召喚許可が下りてる時点で普通じゃねぇだろ」

「くぅぅぅ……拙者には塩対応なニアたんがまばゆい笑顔を……!」


 変なのが一定数混ざってるけど、おおむねいつも通りの反応なので無視だ。

 二年間、鍛えるために頑張ってたら変なあだ名はつけられるし周りから引かれるようになっていたのだ。男なんて睨んでくるからまだいいが、女に至っては挙動不審になったり目が泳いだりと俺を腫物扱いしてくるからな。


「お待たせしましたー! ねぇねぇ、久しぶりだったけどアキラくん、忙しかったんですー? もしかして彼女さんとかー?」

「彼女なんていない。ちょっと遠くで鍛錬してただけだ」

「良かった……! あ、指名依頼がいくつか入ってますけど、どーします?」

「全部却下で」

「えー……貴族からの依頼もありますし断りづらいんですけど」

「A級以上のモンスター討伐ってあるか?」

「これとこれと……これもですね」

「ここは遠いな。国境沿いとか移動だけでひと月はかかるだろ」


 俺の問いをニアはごまかし笑いで躱す。


「タラスクの討伐とアンデッド・センチピードの素材一式入手……この二つを受ける。それで納得してくれ」

「仕方ないですねー。貸し一つですよー? 今度、デートに付き合ってくれたら——」

「お、おい! アキラ、ニア! ちょっと奥に来い!」


 ニアの言葉を遮って奥からギルドマスターが顔を覗かせた。禿頭のオヤジで、ドワーフと間違えそうな樽型体型の人間である。


「マスター! 今私の人生設計に関わる非常に高度かつ重要な交渉をしてたんですよー!?」

「それどころじゃねぇよ! アキラ、お前あんな量の形見石をどこで手に入れた!? どこかで召喚士を大量虐殺してきたんじゃないだろうな!?」


 俺が地球から持ってきた大量の形見石。それがさっそく効いたようだった。

 蘇生が可能なこの世界では形見石を手放す者はほとんどいない。


 かといって新たに野良モンスターを捕まえるのは実のところかなり難しいので、形見石は大人気なのだ。


 召喚士が生まれた家への贈答品や、高名な召喚士が弟子入りの際に渡したりもする。

 それから多数の召喚士を抱える大貴族や王直属の騎士団なんかは、手っ取り早く自分の手駒を強化するためにいつでも求めている。


 上の人間が部下に下賜すれば、自軍を強化しつつことだってできるだろう。


「ちょっとツテがあっただけだ」

「……俺はお前が他国と戦争をしてたって言われても信じるぞ……?」

「違法なことはしてない。それで、ちょいと頼みがあるんだが」

「何でも言ってくれ!」


 強力な召喚獣に関する情報なんかを入手してもらうよう依頼する。


 王都――王城には王族や、その認可を受けた上位貴族しか立ち入ることのできない禁書庫があると聞く。

 そこならば神話や伝承にあるような強力なモンスターの情報や、俺の召喚獣たちをS級にするための秘伝が眠っているかもしれないと考えたのだ。


 時間はかかるが、これだけの形見石があれば誰かしらは取引に応じるだろう。王族が直接食いついてくれれば最高だが、そうでなくとも多少の情報は入るはずである。


 ついでにここでヴァルキリーについての情報も集めてもらうことにした。


「ヴァルキリー……? アキラくんがどーして女性専用ジョブの詳細を知る必要があるんです? 一体どんな関係の人と——もがっ!?」


 何故かムッとしたニアが詰問してこようとしたが、ギルマスに口を塞がれていた。

 まぁ、ここで俺の機嫌を損ねて「じゃあ形見石は他のトコで」なんて言われたら首がすっ飛ぶレベルの大損だもんな。


「じゃあ、しばらくしたら首尾を聞きに来るから」

「おう! 任せておけ!」

「明日か明後日以降はまた街を離れるけど、ちょくちょく顔出すからよろしく」

「あいよ! 気ぃつけてな!」


 ギルドを去る俺の背中に、ニアの絶叫が響いた。


「もごもごっ! もがーっ!」

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