第15話 スケアクロウ
『ハッ! どんだけ馬鹿力だろうが俺の姿が見えなきゃ意味ねぇだろ!』
俺の能力を勘違いしているのか、トサカは勝ち誇ったような声で俺の首を斬りつけた。
首を狙ってくる辺り、実はビビってるのがありありと読み取れるが、もう遅い。
スケアクロウを召喚する前にそれができていれば、油断したクソ雑魚な俺くらいは仕留められていただろうに。
首を撫でるような斬撃の後、俺の首がぼろりと落ちた。
『は……?』
トサカとしても首を刎ね飛ばすような力がないことは理解していたのだろう。困惑した声がどこかから響く。
落ちた首に、ざぁぁぁ、とノイズが走り、俺の顔から使い込んでボロボロになった
幻惑系の力を持ったスケアクロウのお陰で、俺は隠れるまでもなく少し離れたところに立っているだけだ。
「ケ、ケケケケッ!」
『な、なんだこれは!?』
「S級召喚獣――スケアクロウ」
泣き別れになった首と胴体から黒いもやが溢れ、一つになって渦巻く。
そこから現れたのは、闇色の
目の奥に青白い炎を揺らめかせたそれが
ジャリリリリリリリィッ!!!!
突如として現れた鈍色の鎖が空中を
「ガァッ!? なんだコレは!?」
透明になっていたのか、鎖の中にトサカの姿が現れる。
骸骨が下顎を鳴らしながら笑う。
反対の手に巨大な鎌が生まれる。
スケアクロウが握るそれは断罪の刃だ。
「お前が罪悪感のない狂人なら生き残れるかもな」
S級召喚獣スケアクロウの能力は、自らを攻撃した者を断罪する力だ。
モンスターにはほぼ無力という特殊な召喚獣だが、その分、対人での効果はピカイチだ。特殊な方法で従えた、俺の切り札のひとつである。
「は、離せ! クソ! ふざけんじゃねぇぞ! 俺を誰だと——」
斬ッ!
鎌が振るわれ、肩からわき腹へと
「はっ!? な、何もねぇじゃねぇか!
「イキるなよ。すぐ分かる」
いつの間にかスケアクロウの手からは鎌が消えていた。その代わりに天秤が握られていた。
片側は青い炎。もう片方は空に見えるが、ぎっ、と鈍い音を立てて空の受け皿が下に下がった。これ以上は下がらないところまで来てしまったので、トサカの命運は決まった。
トサカの斬られたところから青い炎が噴出する。
「ギャァァァァッ!? あ、熱い! 熱い!?」
「お前が今まで認識した罪に対する罰だ」
「た、助けてくれぇ!」
「すまんな。発動した以上は、俺にも消せない」
炎がトサカを焼くたびに少しずつ天秤が水平に戻っていく。
スケアクロウの『罪には罰を』の能力だ。
本人が今まで罪だと認識して行ったことを計量し、それに応じた炎で焼く。
扱いづらいのは相手が所属するコミュニティや、個人的な価値感で「罪にならない」と思えばそれが計量の対象にならないことだ。
本能だけで生きるモンスターや、宗教団体の狂信者なんかは裁けないのだ。
もっとも、狂人やモンスターでない限りは悪いことを認識できないなんてことはない。
コイツは自らが犯した罪に焼かれて死ぬのだ。
召喚条件が厳しい上に、こいつは召喚の度に
コイツみたいな、分かりやすいゴミクズでなければ気軽には使えない能力である。
「だすげで! だのむ”!」
炎が顔まで上がり、口や喉を焼かれながら命乞いをするが、先ほども言った通り、俺にすら止められないのだ。
「……っ! …………! ………………」
すぐに命乞いの声は途絶える。炎は一切の迷いなくトサカを骨まで焼き、天秤が水平に戻った時には灰すら残っていなかった。
じゃり、と鎖を引っ張ると、そこには白くゆらめくものが絡めとられる。
魂だ。炎で罪を
骨指でつまみ上げたそれをごくりと飲み込み、スケアクロウは
心の底から嫌悪感と恐怖心を掻き立てるような嗤い声を響かせ、勝手に石に戻っていく。
S級なこともあって完全に制御しているとは言えず、なんとも使いにくい召喚獣だった。
……もっと強くならないといけない。
***
ふぅ、と大きく息をついたアーシャは運ばれてきたばかりのスモークサーモンとバジルのパスタをフォークで絡めとる。
行儀が悪いのは重々分かっていたが、とてもじゃないが食事を楽しむ気持ちにはなれなかった。
アーシャの心を占めるのはアキラのことだ。
召喚士を自称する彼の力は、希少なヴァルキリーとして鍛錬を続けてきたアーシャを圧倒していた。
上位のモンスターを従えているだけでもアーシャの知識にある召喚士とは違うというのに、複数のモンスターを従え、それを装備するなど聞いたことがなかった。
実際に戦っていなければたちの悪い冗談か、そうでなければ詐欺を疑うところである。
(……間違いなくアキラは”本物”よね)
肌で感じた強さはトリックや詐術で何とかなるものではなかった。
(規格外の強さを誇る彼をどうにかヴァレンタイン皇国に呼びたい)
アキラと約束したように厄災のいるであろう迷宮を攻略するだけではない。国内で人々の暮らしを脅かす12の迷宮全ての攻略に力を貸してほしいというのが本音だった。
(何を対価にすればアキラは頷いてくれるのかしら。彼に差し出せるものは何?)
パスタを咀嚼しながら思案するが答えは出ない。
あれほど強ければ、どこの迷宮であってもかなりの額を稼ぐことが可能だろう。実際、今日はさっと潜っただけなのに普段のアーシャの倍近い金額を稼いでいた。深層へのルートを確立すれば加速度的にドロップアイテムや魔核は増えるだろう。
(お金はダメ……名誉だって、迷宮を踏破すればついてくる)
厄災の討伐や迷宮踏破が夢物語ではないと思わせるほどの強さだった。
(私の身体――も、無理に求めては来なかったわ)
金髪トサカこと毒島はそれこそ値踏みする様に見つめ、一目で分かるほど欲望に濁った視線と態度を向けてきた。
実力的に負けるとは思っていないが、決闘相手がアキラでなく毒島だったら、勝利した瞬間に欲望をぶつけられていたであろうことは想像に難くなかった。
「……でも、お金や名誉よりは脈がある、かも……?」
これがただ強いだけの人間であれば、家族や国民たちに嘆願されても頷かなかっただろう。
しかし、実際に感じた強さと、アーシャを腫物のようにせず、まるで対等な相手かのように接する態度には好感が持てた。
生まれたばかりの感情にはっきりとした名前はない。
だが、確実にアーシャの中に存在していた。
具材のケーパーをフォークの先で崩しながらもアーシャは妄想を繰り広げる。
「男の子ならリヒト。女の子ならエマかしら……」
自分が妄想していたことの意味に気づいてアーシャが悶えるのは、自室にたどり着く五分ほど前のことだった。
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