ランツベルク城にて

 マルグリットがファルケンハウゼン男爵家人身売買関与の証拠をある程度集めた頃。

 ユリウスがその件について改めて話したいということで、ランツベルク城へ赴くことになったマルグリット。

(ランツベルク城への呼び出し……ね)

 馬車の中、マルグリットは内心ろくなことがなさそうだとため息をつく。

「まさかユリウス様からご招待があるなんて思ってもいませんでしたわ。それに、ランツベルク辺境伯家からお迎えの馬車まで来るなんて」

 マルグリットの隣でティアナは少し緊張気味である。

 ユリウスは当然のようにティアナもランツベルク城へ招待していた。更に送迎の馬車も用意していたのだ。

(あの男は最初からティアナに会うことが目的なのね。本当にティアナに対する執着心は一級品だわ。その本性をティアナに見せてあげたいくらいよ)

 マルグリットは内心ユリウスに対して毒づいた。






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 ランツベルク城の門から建物の入り口まではかなり距離がある。門を潜り抜けた後しばらく馬車で走っていた。

「大きいわね。まあ、流石は辺境伯家ってところだわ」

 マルグリットは見えてきたランツベルク城を見てそう呟いた。

「そうですわね、お姉様。ファルケンハウゼン家のお屋敷何個分くらいでしょうか?」

 ティアナもその大きさに圧倒されていた。

 ランツベルク城は少なくともファルケンハウゼン男爵邸の二十倍はありそうだ。


(何これ……!? ガーメニー王国とは少し違う作りだわ。幾何学的で豪華絢爛ごうかけんらん。それだけでなく、実用性も兼ねているのね)

「お姉様、確かランツベルク城はナルフェック王国風の作りだとユリウス様が仰っていました」

 ランツベルク城に入ると、マルグリットもティアナも圧倒されていた。

 すると早速ユリウスが出迎える。

「ティアナ嬢、来てくれてありがとう」

 キラキラとした爽やかな笑みをティアナに向ける。

「ユリウス様、こちらこそ、お招きありがとうございます」

 ティアナは少し緊張しながら挨拶をした。

「ティアナ嬢の姉君も」

「まるで私はおまけみたいね。今すぐティアナを連れて帰ろうかしら?」

「いや、ティアナ嬢さえ残ってくれたらそれで良いけれど、君にも聞きたいことはあるからさ」

 相変わらずな二人である。

「おや、賑やかだね」

 そこへ、とある人物がやって来た。

 長身で月の光に染まったようなプラチナブロンドの髪、アメジストのような紫の目。髪と目の色は全く違うが、彫刻のような顔立ちはユリウスとそっくりである。まるでユリウスが壮年になったかのようだ。

「父上」

 ユリウスはフッと笑う。

 やって来た人物はユリウスの父であり、ランツベルク辺境伯家当主であった。

 マルグリットとティアナはカーテシーで礼をる。

「これはご丁寧に。顔を上げてくれて構わない」

 頭上から低く優しげな声が降ってくる。

「ありがとうございます。ファルケンハウゼン男爵家長女、マルグリット・コリンナ・フォン・ファルケンハウゼンでございます」

「お初にお目にかかります。ファルケンハウゼン男爵家次女、ティアナ・ウルリーカ・フォン・ファルケンハウゼンと申します」

 マルグリットもティアナもそう自己紹介をした。

「お二人共、お会い出来て光栄だ。僕はランツベルク辺境伯家当主、パトリック・ジークハルト・フォン・ランツベルクだ。いつもユリウスがお世話になっているね」

 紳士的な笑みのパトリック。

(このお方がランツベルク辺境伯閣下……。あの男の父親……。何というか、やっぱりあの男と似ていてどことなく危険な雰囲気がするわね)

 マルグリットは本能的にパトリックも警戒していた。

「ユリウス、二人を案内してあげなさい」

「はい、父上。それじゃあ行こうかティアナ嬢。姉君も」

 ユリウスは早速ティアナの隣をキープしていた。マルグリットはムッとしてティアナにぴったりくっつく。本当に相変わらずである。


 ランツベルク城はマルグリットやティアナにとって初めてみるものばかりで目を奪われていた。

(お城の内装だけでなく、庭園の造りも幾何学的で左右対称。迷路のようだわ)

 マルグリットは面白そうに眺めていた。

 そしてユリウスはひたすらティアナに庭園のことを説明している。

「ランツベルク城には珍しいものがたくさんあって面白いですわね」

 ティアナはムーンストーンの目をキラキラと輝かせている。するとユリウスはパアッと表情を明るくした。

「ティアナ嬢、それなら私の妻」

「ティアナ、あっちに綺麗な花が咲いているわ。そんな男のことなんて放っておいて行きましょう」

 ユリウスの言葉を遮るマルグリット。

「良いところだったのに邪魔をしないでもらえるかな」

「全然良いところなんかじゃないわよ」

 いつものように二人の言い合いが始まる。

「お二人共、落ち着いてください」

 ティアナは困ったように微笑んでいた。

「あらあら、ユリウス。お客様を困らせては駄目よ」

 第三者の明るい声が聞こえた。

 マルグリットとティアナは驚き、声の方を見る。

 そこにはストロベリーブロンドの真っ直ぐ伸びた長い髪に、アンバーの目の女性がいた。鼻から頬周りにはそばかすがあり、愛嬌のある顔立ちである。そしてその女性の最大の特徴は太陽のような笑顔。マルグリットもティアナも彼女の笑顔を見て何だか明るい気分になっていた。

「母上、こちらにいらしたのですね。父上が心配しますよ」

 ユリウスは柔らかな笑みになる。ティアナに向ける表情とは違い、その目にはどこか畏敬が込もっていた。

「少し庭園を歩きたい気分だったのよ。少しは動かないと体が鈍ってしまうわ」

 ふふっと明るく微笑むユリウスの母。そして彼女はマルグリットとティアナに優しく目を向ける。

 マルグリットとティアナはカーテシーで礼をる。

「お二人がユリウスのお客様ね。楽にしてちょうだい」

 太陽のような笑みである。

「ありがとうございます。ファルケンハウゼン男爵家長女、マルグリット・コリンナ・フォン・ファルケンハウゼンでございます」

「お初にお目にかかります。ファルケンハウゼン男爵家次女、ティアナ・ウルリーカ・フォン・ファルケンハウゼンと申します」

「これはご丁寧に。ランツベルク辺境伯当主パトリックの妻でユリウスの母の、エマ・ジークリンデ・フォン・ランツベルクです。お二人共、お会い出来て光栄だわ」

「こちらこそ光栄でございます。ねえ、ティアナ」

「はい! ランツベルク辺境伯夫人とこうしてお話が出来て光栄でございます」

 マルグリットもティアナもエマの太陽のような笑みに見惚れてしまっている。

 そしてマルグリットはユリウスとエマを見比べる。

(このランツベルク辺境伯夫人が、この男のお母様!? こんな素敵なお方からあんな腹黒くて悪魔のような男が生まれたわけ!? ……辺境伯閣下と同じくらいの年齢だし、後妻ということではなさそうね。それにしても、辺境伯夫人はこんなにも笑顔が眩しくて素敵なお方なのにどうしてこの男はこうなったのかしら?)

「君は今、物凄く失礼なことを考えているよね?」

 ユリウスはマルグリットに対して苦笑する。

「……いいえ、そんなことないわよ」

 マルグリットはフイッと目を逸らした。

「エマ、ここにいたんだね」

 そこへパトリックまでやって来た。彼のアメジストの目はこの上なく優しい様子でエマを見つめている。

「あら、リッキー。お仕事はいいの?」

 エマは夫であるパトリックを見るなり太陽のような笑みを向ける。夫のことは愛称で呼んでいるようだ。

「ああ。エマよりも優先するべきことなんかこの世に存在しないさ。エマは子供を産んだばかりなのだから、無理に体を動かして負担をかけるのは良くないよ」

 パトリックは軽々とエマを横抱きにする。

「まあ」

 それを見たティアナはうっとりとしていた。

「だけど少しは体を動かさないといけないわよ。もう八人も子供を産んだのだから慣れているわ。それに、リッキーがランツベルク領全体で出産に関する医療体制を万全に整えてくれたじゃない。そのお陰でランツベルク領の出産における妊婦の死亡率は格段に下がっているわ。心配することはないんじゃないかしら」

 少し困ったように微笑むエマ。

「それでもだよ。出産後も女性の体に大きな負担がかかる。エマに何かあったら僕は耐えられないよ。医療体制も全部エマの為に整えたんだ。少しでもエマの命の危険を減らしたくてね」

「もう、リッキーは心配性ね」

 仲睦まじい夫婦のやり取りなのだが、マルグリットはどことなくゾワリとした。

(やっぱり辺境伯閣下、どこか危険な感じがするわね)

 マルグリットは若干訝しげにパトリックとエマの様子を見ていた。パトリックのアメジストの目は甘く優しくエマを見つめているのだが、どことなくねっとりと仄暗いものがあるように感じたのである。

「二人共、邪魔をしてすまない。ゆっくり楽しんでくれると良い。ユリウス、後は頼んだぞ」

 パトリックは残った三人にそう声を掛け、エマを横抱きにしたままその場を去るのであった。

「父上は相変わらずだな」

 去っていくパトリックの後ろ姿を見ながらユリウスは苦笑する。そしてすぐにティアナに優しい目を向ける。

「ティアナ嬢、この先も案内するよ」

 そして次にマルグリットに耳打ちするユリウス。

、父上も同席の上で話がしたい」

 ファルケンハウゼン男爵家の人身売買についてである。

 マルグリットはため息をつきながら頷いた。

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