ティアナとユリウスの出会い、その時マルグリットは……

 ファルケンハウゼン男爵邸へ一旦戻ったマルグリット。

(あったわ! ティアナとお揃いのネックレス!)

 ターコイズとムーンストーンが埋め込まれた上品なネックレスである。

 マルグリットはそれを着けて早速ティアナが待つ湖畔へと戻るのであった。






♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔






 一方、湖畔で待っているティアナはというと。

(お姉様からのプレゼント……嬉しいわ)

 マルグリットから貰ったヘッドドレスとネックレスに触れて微笑むティアナ。

 その時、「にゃあ」と声がした。

 声の方に目を向けるティアナ。

「あら、シュネー。ご機嫌よう」

 ムーンストーンのようなグレーの目を優しく細めるティアナ。その目の先には雪のように真っ白な毛並みの子猫がいた。最近湖畔に現れるようになった子猫である。ティアナはその白い子猫をシュネーと名付けた。

 シュネーはティアナの元へ駆け寄り、体をすり寄せている。

 ティアナは優しい手つきでシュネーを撫でる。すると、シュネーは満足そうに喉をゴロゴロと鳴らした。

 ティアナはそのままシュネーを優しく抱きしめる。シュネーも嫌がる様子はなく、むしろ満足そうにティアナに体を擦りつけている。

わたくしにはマルグリットお姉様もいるし、こうしてシュネーもいてくれるから、とても満足よ」

 ティアナは表情を綻ばせた。すると、シュネーはそれに答えるかのように「にゃあ」と鳴く。そのままティアナは優しくシュネーを撫で続けた。彼女の撫で方が気持ち良かったのか、シュネーはティアナの腕の中でスヤスヤと眠り始めた。

「あら、シュネー、眠ってしまったのね。ゆっくりお休みなさい」

 ティアナは優しくムーンストーンの目を細めた。


 しばらくすると、眠っていたシュネーがピクリと耳を動かし起きた。何かに気付いたようだ。シュネーはティアナの腕からするりと抜けて走り出す。

「あら? シュネー、どこに行くの?」

 ティアナは不思議そうにムーンストーンの目を丸くし、シュネーを追いかけた。

「シュネー、待って。あ……」

 ティアナはふと足を止める。

 シュネーか向かった先にはとある人物がいた。


 サラサラとしたストロベリーブロンドの髪に、アンバーの目。鼻から頬周りにはうっすらとそばかすのある、彫刻のように美しい少年だ。長身でティアナよりも少し年上に見える。従者を引き連れており、身なりもかなり良い。


 ティアナはその少年と目が合ってしまった。

(あ……。明らかにわたくしよりも身分の高いお方よね……)

 ティアナは落ち着いて家庭教師から教わったカーテシーで礼をる。

(対応はこれで合っているのよね……?)

 少し不安になるティアナ。しかしそんな心配をよそに、頭上から優しく柔らかな声が降ってくる。

「今は公式の場ではないから、楽にしてくれて構わないよ」

 ゆっくりティアナが頭を上げると、少年のアンバーの目は甘く優しくティアナを見つめていた。

「お心遣いありがとうございます。……ファルケンハウゼン男爵家次女、ティアナ・ウルリーカ・フォン・ファルケンハウゼンと申します」

 緊張しながらも自己紹介をするティアナ。

 すると少年は一瞬だけアンバーの目を見開くが、すぐに優しく爽やかな笑みになる。

「君はファルケンハウゼン男爵家のご令嬢だったのか。私はランツベルク辺境伯家長男、ユリウス・パトリック・フォン・ランツベルクだ」

(ランツベルク辺境伯家……)

 ティアナはその家名に聞き覚えがあった。

(確かファルケンハウゼン男爵領はランツベルク辺境伯領と隣接しているのよね。この場所はファルケンハウゼン男爵領と他の領地の境界に位置するとお姉様が仰っていたわ。ということは、ランツベルク辺境伯領との境界だったのかしら……)

 ティアナは自身の記憶を思い出していた。

「ところで、この猫は君のなのかい?」

 ユリウスはひょいと抱き上げたシュネーをティアナに渡す。

「えっと……そういうわけではございませんわ。最近この辺りでよく見かける子でして」

 ティアナは優しくシュネーを撫でる。シュネーも満足そうに喉をゴロゴロと鳴らす。

「そうだったのか。てっきりその猫を名前で呼んでいたから、そうなのかと思ったんだけど」

 クスッと笑うユリウス。

わたくしが勝手にシュネーと名付けただけですわ」

 シュネーに向かって慈しむようにムーンストーンの目を細めるティアナ。

「シュネーか……。雪のように真っ白なその子にぴったりな名前だね」

 ユリウスのアンバーの目は、甘く優しくティアナを見つめついた。

「ありがとうございます」

 ふふっと微笑むティアナ。そのダークブロンドの髪の毛先には、シュネーの白い毛が一本付いていた。

「ファルケンハウゼン嬢、髪にシュネーの毛が付いている」

 ユリウスはそっとティアナのダークブロンドの髪に触れ、シュネーの毛を取った。

 その時だ。

「そこの貴方! その子から離れなさい!」

 そこに現れたのはターコイズの目を吊り上げた、鬼のような形相のマルグリットである。

「ティアナ、大丈夫? さっきこの男に触れられたわよね? もしかして乱暴なことをされたの?」

 ティアナを抱きしめ、ユリウスから引き離すマルグリット。

「マルグリットお姉様、大丈夫でございますわ。ただ髪にシュネーの毛が付いていたので、取っていただいただけですので」

 困ったように微笑むティアナ。

「本当に? この男に脅されてそう言うように言われたとかではないのよね?」

「ええ、お姉様。本当にわたくしは大丈夫でございます。それより、このお方はランツベルク辺境伯家のご長男ですわ。ご挨拶をなさらないと失礼に当たりませんか?」

 ティアナは心配そうにマルグリットとユリウスを交互に見た。

「ティアナに手を出そうとした男なんて無視で結構よ」

 マルグリットはユリウスを睨み付けた。

「これは随分なご挨拶だな」

 ユリウスは苦笑する。

「あの、ランツベルク卿、姉が申し訳ございません。姉はただわたくしのことを心配してくれただけでございます。どうか姉には酷い罰を与えないでください。もしお気持ちが鎮まらないのでしたら、姉の代わりにわたくしが罰を受けますから」

 ティアナは青ざめて、不安そうにムーンストーンの目を涙で潤ませながら必死にユリウスに頼み込む。

「いや、私は気にしていないさ。それより、君のことをティアナ嬢と呼んでも良いだろうか?」

 ユリウスはマルグリットのことを気にした様子はなく、ティアナに優しげな視線を向ける。

「ええ、構いません」

「駄目に決まっているでしょう!」

 頷くティアナ。一方、マルグリットは激しく反対しユリウスに噛み付く。

「君には聞いていないんだけど……。とりあえずティアナ嬢から許可は得たから、これからはティアナ嬢と呼ぶことにするよ。ティアナ嬢、私のことは是非ユリウスと呼んで欲しい」

 マルグリットの態度に苦笑しながらも、ティアナに甘く優しい視線を送るユリウス。そしてユリウスはティアナの手を握ろうとしたのでマルグリットはそれを阻止する。

「気安くティアナに触るんじゃないわよ!」

 キッとユリウスを睨むマルグリット。

「お姉様、落ち着いてください。わたくしは大丈夫でございますから」

 ティアナはマルグリットの後ろでオロオロしている。

「まあ今日のところはこれで失礼するよ、ティアナ嬢。それから、えっと……ティアナ嬢の姉君も」

 ユリウスは困ったように眉を下げ苦笑する。

「マルグリットよ。マルグリット・コリンナ・フォン・ファルケンハウゼン」

 むくれたま自分の名を言うマルグリット。

「覚えておくよ」

 ユリウスは不敵に微笑んだ。


「本当に何なのあの男は!?」

 ユリウスが去った後、マルグリットは憤慨していた。

「お姉様、落ち着いてください。恐らく悪いお方ではございませんわよ」

 ティアナは困ったように微笑み、マルグリットを宥める。

「だってあの男の目、ティアナのことを狙っているように見えたわ! 私の可愛いティアナに不埒な真似なんて絶対にさせないんだから!」

 マルグリットはティアナをギュッと強く抱きしめた。

「お姉様、苦しいです。あ……ネックレスはあったのですか?」

 ティアナはハッとマルグリットが一旦ファルケンハウゼン男爵邸へ戻った理由を思い出した。マルグリットもそれを思い出し、パッとティアナを離して自身の首元を見せる。

「これよ」

 マルグリットの首元には、ターコイズとムーンストーンが埋め込まれた上品なネックレスが輝く。ティアナにプレゼントしたものと同じだ。

「お姉様とお揃いのネックレス、嬉しいです」

 花が咲いたように表情を綻ばせるティアナ。

「ティアナとお揃いにしたかったのよ!」

 マルグリットは感極まってティアナにまた抱きついたのであった。

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