仲の良い姉妹

 時は六年程遡る。

「ティアナ!」

 十四歳のマルグリットは溌剌とした笑みで妹のティアナを呼ぶ。

「マルグリットお姉様」

 ティアナはマルグリットの姿を確認すると嬉しそうにグレーの目を細めた。

 ウェーブがかったダークブロンドの長い髪にグレーの目。人形のように可憐な少女である。

「さあ、今日も行きましょう! お父様とお母様の監視がない今がチャンスよ! この時間はお兄様もいないことだし!」

 明るく笑い、ティアナの手を引くマルグリット。

 妹のティアナとは違い、真っ直ぐ伸びたブロンドの髪にターコイズのような青い目。そしてはっきりした華のある顔立ちで、気が強そうな印象である。

 ファルケンハウゼン男爵家の長女マルグリットと次女ティアナ。二人は仲の良い姉妹なのだ。


 マルグリットはティアナを屋敷から連れ出してある場所へ向かう。

「お姉様、今日もいつもの場所に行くのでございますか?」

 小首を傾げるティアナ。その仕草と自身を真っ直ぐ見つめる澄んだグレーの目に、マルグリットは思わず頬が緩みニマニマとしてしまう。

「ええ、そうよ。やっぱりティアナはいつ見ても可愛いわね! もう離したくない!」

 マルグリットは思わずティアナにギュッと抱きつき、頬擦りをしてしまう。

「お姉様、その……苦しいです」

 ティアナは困ったように微笑む。

「あら、ごめんなさいね、ティアナ。でもその表情も可愛いわ」

 マルグリットは相変わらず頬を緩ませっぱなしであった。

「さあ、着いたわ」

「やっぱりいつ見ても綺麗ですわね」

 マルグリットとティアナが到着した場所は大きな湖。水晶のように透明で透き通っている。

 マルグリットとティアナは昼間、毎日屋敷から抜け出して湖畔で過ごしていた。

 この場所はファルケンハウゼン男爵領と近隣領地の境界付近なのだ。

「そうだ、ティアナに渡したいものがあるの!」

 溌剌と弾んだ声のマルグリット。そしてこっそりと持ってきた、綺麗にラッピングされたものをティアナに渡す。

「ありがとうございます、お姉様。ですが、今日は何かございましたか? プレゼントを貰えるような特別な日ではなかったはずです」

 きょとんと首を傾げるティアナ。それに対してマルグリットは大袈裟な反応をする。

「もう、忘れたの!? 今日はティアナの十三歳の誕生日よ! とても大切な日だわ!」

「あ……忘れておりましたわ」

 少し伏し目がちに微笑むティアナ。

「ティアナ、私は貴女の誕生日をきちんと覚えているわよ! 何よりも大好きなティアナの誕生日なのだから! プレゼントだって気合いを入れて準備をしたのよ!」

 マルグリットはティアナにギュッと抱きついた。

「ありがとうございます、お姉様。開けてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんよ」

 マルグリットは一旦抱きつくのをやめてティアナを解放した。

 プレゼントを開けるティアナ。そこにはピンクのリボンがふんだんに使われた可愛らしいヘッドドレスと、ターコイズとムーンストーンが埋め込まれた上品なネックレスが入っていた。

「素敵ですわ。ありがとうございます、マルグリットお姉様。とても嬉しいです」

 ふわりと花が綻ぶように微笑むティアナ。その表情を見たマルグリットはパアッと満面の笑みを浮かべる。

「喜んでもらえて私も嬉しいわ。ティアナ、ヘッドドレスとネックレス、着けてあげるわね」

 マルグリットはウキウキしながらティアナにヘッドドレスを被せて首元で結び、更にネックレスも着ける。

 ピンクのリボンがふんだんに使われたヘッドドレスは、ティアナのウェーブがかったダークブロンドの髪に良く似合っている。そしてアクセントに首元で光るネックレス。今ティアナが着用しているピンク色のドレスと良く合っている。

「お人形さんみたいでとても可愛いわ! 流石は私のティアナね!」

 またティアナに抱きつくマルグリット。

「お姉様はわたくしを買い被り過ぎてございます。お父様もお母様もお兄様も、わたくしのことを愚図だと仰っておりますし……。亡くなったお祖母ばあ様と同じこの髪と目の色は出来損ないの証だとも……」

 ティアナは少し暗い表情になる。

「そんなことないわ! あの人達がおかしいのよ!」

 マルグリットはターコイズの目を吊り上げ、両親と兄の所業に憤慨する。


 ティアナはファルケンハウゼン男爵家で両親と兄から虐げられて生活していた。暴力を振るわれることはないが、ことあるごとに暴言を吐かれるのだ。例えば、「忌々しい髪と目の色だから目障りだ」、「ファルケンハウゼン家の穀潰し」などと言われている。おまけに家族と共に食事をすることすら許されていないのだ。ただ今は亡き祖母と同じ髪と目の色だという理由だけで。彼らはティアナの誕生日すら覚える気はないらしい。

 マルグリットもティアナが生まれて少し経つまで同じ屋敷にいたのにも関わらず彼女と会ったことはなかった。しかしある日、ティアナの姿を見かけたマルグリットはこう思った。


 −−何て可愛らしい子なの!? お人形さんみたい! あの子が私の妹だなんて嬉しいわ!


 恋愛対象としてではないが、実妹のティアナに見事に心を奪われたのである。

 それ以来、マルグリットはティアナをこれでもかという程構い倒して可愛がっていた。要はシスコンである。


「毎日毎日こんなに可愛いティアナを虐げて、本当にどうかしているわ! あの人達はお祖母様を疎んでいたらしいけれど、髪と目の色がお祖母様と同じだからという理由でティアナを虐げて良いわけがない! 私はお祖母様のことをあまり知らないけれど、あの人達が疎むのだからきっと良い人だったに違いないわ!」

 物凄い剣幕で今ここにはいない両親と兄への怒りをぶちまけるマルグリット。

「お姉様、落ち着いてください。わたくしはお姉様がいるだけで十分じゅうぶんですわ。こうして誕生日もお祝いしていただけましたし。それに、味方になってくれる使用人の方々もおりますわ」

 ティアナは困ったように微笑み、マルグリットを宥めた。

「ティアナ……何て良い子なの……!?」

 感激したようにティアナを抱きしめるマルグリット。

「そうだ、そのネックレス、ティアナの目の色と私の目の色を組み合わせたの」

 パッとティアナを離し、マルグリットはティアナにプレゼントしたネックレスに触れる。ムーンストーンはティアナのグレーの目、ターコイズはマルグリットの青い目である。

「実は私とお揃いなのよ!」

 そう言い、自身の首元を示すマルグリットだが、そこには何もない。

「あ……屋敷に忘れてしまったんだわ。取りに行って来るわね。ティアナはそこで待っていてちょうだい」

 マルグリットは急いでファルケンハウゼン男爵邸へ向かうのであった。

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