第7話 人魚が照らす光より生まれし影

「──お、あの彫像だ」

「ここにもあるということは先んじて訪れた誰かがいた、ということですね」

「……そいつはどこまで行けたんだろうな」

「少なくとも彫像があるところは通過済みと見て良いでしょうね」


 彫像に祈りを捧げた後、アンヘルは辺りを見回す。


「結構移動した筈なのに、景色が殆ど変わってないな」

「もしかすると探索の仕方そのものが間違っているのかもしれません」

「……何かしらの仕掛けを動かさないと先に進めない、ってことか?」

「恐らくは」

「けどそれらしいものなんて……」


 突然黙り込んでしまったアンヘルの代わりにクリスが率直な感想を述べる。


「……ありましたね、露骨なまでに怪しいものが」


 誰もが疑いの眼差しを向けそうな人魚の銅像に渋々近づき、アンヘルは考え込む。


「壊すのは最終手段にするとして、何から試したもんかなぁ」

「施された魔法の発動条件に該当しそうなキーワードを手当たり次第に言ってみるのはどうでしょうか」

「当たりを引く前に俺の喉が潰れそうなんだよな、それ……」

「では先達の置き土産を探してみましょう」


 銅像の周辺をくまなく探し、それらしい紙片をアンヘルは拾い上げる。


「人魚は燃え盛る光を求める……銅像が持ってる燭台に火を灯せってことか」

「墓地で拾ったランプを持ち越しておくべきでしたかね」

「あれは仕方ないだろ……」


 頭を掻いた後、アンヘルはふと思い出す。


「なぁクリス、お前さっきキーワードを手当たり次第にーとか何とか言ってたよな」

「はい、あの銅像に施されている魔法のいずれかが発動する可能性に期待してその提案をしました」

「……じゃあ試してみるか」


 銅像の傍に立ち、アンヘルは軽く咳払いをする。


「点け、灯れ……"灯せ"」


 該当のキーワードが告げられたことで燭台に火が灯り、それと同時に光輝く魔法陣が銅像の傍らに現れる。


「うまくいきましたね」

「先達が残してくれたヒントのお陰でな」


 アンヘルが魔法陣を踏んだ瞬間、転移の魔法が発動して景色が一変する。


「ここは……」

「祭壇、でしょうか」


 不意を突かれないようアンヘルとクリスが警戒する中、崩れた石像の影からそれは音も無く出現する。


「……こいつはまた、趣味が悪いな」


 それ──黒一色であること以外は自分と全く同じ姿をした何かを睨みつけたままアンヘルは双剣を抜き払う。


「まぁ先達を供養した時よりは断然やりやすいけど、な!」


 最初の一太刀から数えて五度ほど打ち合い、追撃の一刺しをギリギリのところで躱した後に間合いを取る。


「見た目だけじゃなく動きまでそっくりなのかよ」

「そういう分身を生み出す魔法があの石像に施されていたのでしょう」

「じゃああの石像を壊せばこいつも消えるのか?」

「いいえ、あの石像は既に役割を終えた残骸です」

「じゃあ倒すしかないってことか……」


 再び斬りかかってきた分身の攻撃を適度にいなしつつ、アンヘルは好機を探る。


「こいつが俺と同じように考えて動いてるとしたら……」


 八度目の鍔迫り合いに競り勝った分身が両腕を大きく振りかぶった瞬間、アンヘルは渾身の膝蹴りを分身の腹に叩き込む。


「──、」

「その動きは隙が大きいからやめた方が良いぞ、俺!」


 自分への叱責を兼ねた意見を述べつつアンヘルは分身を八つ裂きにした。

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