Primitive

犀川 よう

Primitive-1

 ――今日も彼女をあたしのものにしたい。茜色と黒い影が床にへばりついた夕方の教室で、あたしは自分がいかに彼女を愛しているのかを話したのだけれど、彼女はそれを真正面から受け取らなかった。だから、今日の彼女からはあたし望むすべてを手に入らないと知って、あたしの手で彼女を壊したいと思った。どうせ嫌がらるのなら、自分がやりたいことをしておきたい。彼女の首を緩やかに絞め、彼女への気持ちを腕に籠めて、だんだんと強よくしていったら、彼女の顔が戸惑いから怒りへと変わっていった。——どうしてだろう。彼女はどうしてわかってくれないのだろう。彼女の右手があたしを引きはがそうとする。彼女の長い爪があたし目の下の皮膚を傷つける。わたしは一旦、締めるのやめて彼女を頬を叩く。一度、二度、三度。彼女は椅子から転げ落ちて床に倒れる。スカートが無様にめくれ一分丈の黒パンが見える。あたしは彼女に馬乗りになって、再度首を絞める。じわじわと頸動脈を圧迫してしくと、彼女は顔を歪めながらあたしの腹を蹴り上げた。あたしは呻いてしまうが、なんとか彼女の頬を右手で掴んで頭ごとねじ伏せる。あたしは攻め、彼女は逃げる。それを繰り返していくうちに、あたしは恍惚の境地へと至り、彼女はもうやめてと泣き出すようになった。


「ごめんね。ごめんね。あたしはあなたが、好きなだけなの」


 あたしはようやく現れた、泣くという彼女の原始的な感情に興奮する。理屈で考えた言葉や態度なんていらない。好きとか、嫌いとか、悲しいとか、怒ってるとか、怖いとか。あたしは彼女のそういう単純な感情が欲しい。——こんなにも愛しているのに、相手の心だけは純粋無垢のまま受け取ることができないもどかしさ——。本当は、彼女の考えている、思っていることをすべてをそのままの形で手に入れ、味わいたい。だけど、そんなことはできないと知っているから、あたしはこうして、出来る限りの透明な感情を彼女から引き出そうとしている。


 彼女は嗚咽を漏らしながら床を這いずり、あたしから離れようとする。あたしは彼女の上履きと靴下を脱がせて素足にする。「何をするのよぅ」と情けない声を出す彼女。私は足首を引っ張って彼女を手繰りよせる。気力を失った彼女の身体は、大きな雑巾となって床を拭いていく。


「あたしのこと、好き?」


 彼女はわんわんと泣きながら、わかんないと返す。昨日の夜、あれだけあたしが好きだという痕をつけてあげたのに、今日の彼女は”わからない”と言う。あたしは彼女を抱き寄せてキスをする。彼女の鼻水が口に入っても、あたしは黙ってキスを続けて思い出させようとする。誰の愛が彼女に一番大切なのかを、あたしだけが彼女を愛してあげられるという事実を、唾液を与えながら、再確認させていく。


 彼女はあたしを突き飛ばす。自分が何者から愛されているのかわかっているくせに、拗ねた顔をしながら、あたしの言葉と行動を要求してくる。あたしは彼女の頬を叩き、あたしから離れた罰を与え、「愛している」と言葉で優しさを与える。彼女は「知らない。知らないんだから」とあたしの胸に飛び込んでくる。


「あたしのこと、好き?」


 彼女はようやく「好き」と呟く。夕方だった空はすっかり暗くなっていた。あたしは胸の中にいる彼女の首を絞める。彼女はようやくそれを素直に受け入れる。身を任せて、あるがままの欲望に堕ちていく彼女の姿が愛おしくて、彼女の意識が霞の中に入っていくまで「愛しているよ」と、あたしは繰り返し彼女に伝えていくのだった。


to be continued.

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