バレンタイン

@sea-78

バレンタイン

 委員会の会議が終わると皆、足早に教室を後にした。つまらん会議だったと言わんばかりの背中が、それぞれ去っていく。確かに委員会の集まりなんて学校行事の中でも退屈なものの筆頭だけれども、もう少し態度を隠して欲しい。こっちだって先生に言われて嫌々会議を開いているのだから。

 今日は図書委員会の月一の集まりだった。放課後に委員会のメンバー十人程度を、各クラスを周って集めて、嫌な顔をされながら私は委員長としての責務を果たした。会議を進行し、前月の反省点を上げ、今月の活動目標を掲げる。本当に面倒な仕事だ。

 活動目標など私も含め、内申点狙いで委員会に所属してる生徒たちにあるはずもない。ほかのメンバーに聞いたところで「目標ですか。特には……」と言われるのが見えているので適当にこっちが決めておいた。……こういう面倒ごとを引き受けてしまうから、高一の時点で委員長なんて任されてるのだろうか。

 とにかく今日の仕事はもう終わり。薄い内容の議事録をファイルにまとめて、棚に片づけた。

 私も帰ろうと鞄を肩に掛けたところで、ふと思い出す。

「今日、バレンタインか……」

 二月十四日。私には縁遠いイベントで忘れていた。思い返すと今日は学校中がどこか浮かれていた気がする。

 椅子や机をきれいに整えて窓を閉めた後、知人の顔を思い出してため息をついた。

「まだいますかね」

 彼とは高校に入って疎遠気味だった。たまには顔を見にいってやろう。


 ◆


 一年四組の教室には彼しかいなかった。何をするでもなく、机に突っ伏せて窓の外を眺めている。「黄昏ている」という言葉を現実の景色に対して思い浮かべたのは初めてだった。

 ガラガラ……。

 音を立てて教室のドアをスライドさせると、彼がパッと私に振り向いた。

 人懐っこい、子犬ような可愛らしい顔立ち。非常に加虐心をそそられて、いけない。

 津雲(つくも)は私と目が合うと驚いたように目を見開いて、すぐに笑みを浮かべた。

「カオリンじゃん。どうしたの」

「その呼び方やめてください。殺意が湧きます」

「相変わらずツンツンしてるなあ」

 私の棘を立てた言葉にも、茶化すようにコロコロ笑う。彼のこういうところが昔から嫌いだった。

 私は内心、舌を打った。

「なんでまだ残ってるんですか? あなた帰宅部でしょう」

 彼の前の席に座って聞くと、津雲はまた外を見た。

「別にー? なーんか暇だったからゴロゴロしてただけ。香織は? そっちも部活入ってないでしょ」

「委員会の集まりがあったんですよ」

「あー、委員長押し付けられたってやつね」

「何で知ってるんです? あなたに言った覚えないんですが」

「噂になってるよ。一年の優秀な委員長がいるおかげで、図書委員は楽に内申上げれるって」

 思わず頭を抱えた。その噂で広めているのは私の評判ではなく、楽な委員会があるということではないか。これでもし来年、委員会に入りたいという生徒が増えたりしたら、私の負担がさらに大きくなる。

「美化委員会にでも逃げ込もうかしら……」

「そんなことよりさ」

「雑に片づけてほしくない話題なんですけどね。何です?」

「何でわざわざ会いに来たの? 今までそんなことなかったじゃん」

 目も合わせずに、純粋な疑問として深い意味もなく聞いてくる。私はどう答えようか迷った。

 私も特別な理由があって来たわけではない。ただ、なんとなく、バレンタインぐらいは会いにいってみようかと思っただけだ。一応、幼馴染で、家族以外だと一番接点のあった異性だったから。

 でも素直にそれを言うのも、違う気がした。

「……喉乾きました」

「はい?」

 迷った末に転げ出た言葉は、彼の目一杯の困惑顔を見せてくれた。急になんだと言いたげな彼に、言葉を続ける。

「寒いのでココアが飲みたいです。たまには奢ってくれますよね」

「なんで僕が……ていうか今日、バレンタインじゃん。どっちかっていうと、そっちが奢る日でしょ」

「あ、もしかして期待してたんですか? 悪いですけど、何も用意してませんよ。私に会えただけで儲けものということで」

「はあ。なんか久しぶりだなあ、この都合よく使われる感じ。いいよ、奢るから帰ろう」

 呆れながら彼が立ち上がって、ドアへ向かう。私もすぐにその背中を追いかけた。

 

 コンビニでチョコレートのひとつくらい、買ってあげよう。

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