第53話 【雷霆の領域】

 

 命を迸る鬨声のように地面を蹴る。

 クルールが発する少女の悲鳴が劈き、展開された六つの方陣より水砲撃が放たれる。

 前方、リヴを背後に先に突貫したアディルが疾く回避しながら距離を詰める。


「【私の名を献上する・炎よいななけ・風魔よ叫べ・雷火よ疾く走れ】ッ」


 〈天雷の蓄剣テンペルス〉を振り抜く。閃光のような雷撃がクルールへと肉迫。


「【シルフよ・守護の壁となれ】」


 クルールを守るように展開された風渦が雷撃を打ち消す。アイレがいる限り遠距離攻撃はすべて塞がれると思っていい。挟撃で攻めた場合も、遠距離であれば容易く対応される恐れがある。挟撃にしろ接近にしなければダメージを入れることは叶わなそうだ。


「クソが。その接近が難しいんだろうが」


 クルールにより六つの放射に隙が生じるのは放射から二巡目の蓄力チャージの僅かな合い間だ。先もそれも利用して回り込むことに成功したわけだが……。


「はぁああああああ!」


 雷撃で一射目を相殺。二射目と三射目が水飛沫よりアディルの姿を確認できたと同時に放射。左右から迫る水砲撃を姿勢を前屈みに低く飛沫の合間を駆け抜ける。背後で着弾した水砲撃の衝撃がアディルの身体を前へ押し出す。その勢いに乗じて風を纏い加速。残り三発だが、初戦のように乱雑に放ってこない。


「俺の動きを見てる?」


 観察されている気配を感じながら、ならばと仕掛ける。

 雷を脚に一瞬の加速。彼我の距離を十メルまで詰めた。十メル圏内であれば秒がものを言う位置関係だ。アイレが既に風魔術を発動させているのを視野に入れながら更に加速する。左手に回り込みクルールの右肩背後から剣を構え。


「なるほどな」


 気づいた時にはアディルを狙うように二つの方陣が目の前に展開されていた。既に蓄力チャージは完了されノータイムでの至近距離からの放射。先の身の前だと水砲撃が再び呑み込み。


「同じ事するわけねーだろ。テメェーの頭はめんたいこか」


 その声が聴こえたのは頭上だった。クルールが視線を上げる暇はなく、方陣の展開を見てからの迅雷な移動。真上へ跳躍したアディルはノータイムで乱雑的な雷撃を降す。一点攻撃で塞がれるのなら、攻撃を複数に分けての強襲だ。

 初戦の戦闘を分析して見出した活路だが、またもアイレの風が往なす形で雷撃を阻み。虚しくもクルールの頭上に六つ目の方陣が展開される。ここに来て覚醒に一歩近づいたらしく、その翡翠の眼はアディルを見てはいなかった。


「クソが。【|盟約に誓い魔印オウスリングアの古都世・イズより来たれ・サモン】――【明後日の風踊ゲイル・ピュイア】!」


 風魔草で作った魔術袋より竜巻を縮小させた存在を召喚する。風の踊り子シルタートルとハルピュイアで錬成した錬金生物アルケミリブ。召喚されたゲイル・ピュイアはクルールの水砲撃とアイレの風魔を巻き上げては周辺へ分散させて吐き捨てる。防御の展開により攻撃へと転じる時間が生まれる。雷の如く疾駆したアディルの剣がクルールではなくアイレへと抜かれた。


「僕かっ!」

「オマエだ!」


 振り抜いた一撃は躱されたがこのまま近接戦闘に持ち込む。今だけは無理強いしても反撃の瞬間を与えずがむしゃらに押していく。


「僕をクゥーから引き離す気か!」

「それはオマエにとっては不都合か? なら尚更だな!」


 猛攻果敢に迅雷の剣戟が参る。それはことごとく研鑽された風魔で塞がれるが反撃へと転じさせはしない。確かにアイレの風魔術は群を抜いてレベルが高いだろう。しかし、こと剣術に置いて天才と言わしめたアディルには近接戦闘では遠く及ばない。


「どうしたッ! こんなもんか! 槍を使いやがれや!」

「くっ! あったらよかったんだけどね!」


 力を込めて無理矢理吹き飛ばそうとするアイレだが、ナギの変動をいち早く感じ取ったアディルはすぐにその場を離脱してアイレの周囲を駆け回り攪乱かくらんする。


「風魔術の利点は順応性と広範囲への干渉が可能なことだ。だがな、デメリットとして風魔術が起動性以外に重要視されてねー問題がありやがる」


 くそっと歯を噛むアイレが一点へ集中された風魔を三百六十度全域に拡散して放つ。そして、それこそが風魔術の弱点だと雷光が突き破った。


「威力が弱い。集束された魔術じゃねーと屁でもねーよ!」


 振り上げた〈天雷の蓄剣テンペルス〉をアイレへと振り下ろした。


「あぁあああああああああああああああ!」

「――僕を舐めるなァァアアアアアアア!」


 俊足で築かれた風防壁が迎撃する。雷斬と風防が裂帛を繰り返し荒々しい衝撃を撒き散らした。威力は互角だ。この『聖域』では互いの属性の力は減少している。アイレの優位は修練の時間差に依存し、アディルの優位は〈天雷の蓄剣テンペルス〉の能力である外界の雷力の吸収貯蔵にある。

 今、この瞬間、あらゆる条件下にて二人の一撃は正しく均衡した。百年を超える研鑽によって築き上げた風魔の真髄と、〈天雷の蓄剣テンペルス〉に加え〈雷竜の禊トニトローム〉によって凄まじく強化された雷の変革。

 白熱するせめぎ合いの末、アイレがクルールを呼ぶが。


『キャァァァァァァァァァァァァ!』


「へいへいこっちですよー……ってぎゃぁあああああ! なにこの破壊力! 水だよね⁉ 水なんだよね⁉ 絶対水じゃないよねこれ‼」


 と、騒がしいリヴがひきつけている。取捨選択の合理性、それもまた覚醒してないクルールの弱点だ。


「オマエの愛する怪物がバカでよかったぜ」

「――クゥーを、クゥーをバカにするな‼」


 アディルのあおりに怒りを露わにしたアイレがここぞとばかりに威力を上昇させてくる。それはすぐさま攻防が反転するほどの威力となり、押し負けていくアディルをいとも容易く吹き飛ばした。


「クゥーは怪物なんかじゃない‼」

「怪物にしか見えねーよ。今のままじゃな」

「うるさいうるさいうるさいぃいいい‼」


 怒り狂ったアイレが宙へと吹き飛ばされてるアディルへ追撃する。爆速が一瞬でアディルの胸へと風撃を穿った。


「ぐはっ⁉」


 成す術なく更に遠ざけられるアディルにアイレは追撃の手を休めない。


「クゥーは人間だ! クゥーは人間なんだっ‼」

「がはっ⁉」

「ただ、静かに暮らしたかっただけなんだ‼」

「ぐっ……おぇえ」

「それを君たちが破壊した! 君たちに人間がっ……僕らをこんな目に合わせたっ!」

「おまっ……うっ⁉」

「君たちがっ! クゥーにあんなことを願わせたんだ! 僕はっ……僕は! そんなの許せるはずないんだァ!」


 風魔を纏う拳が頬を殴り、蹴りが頭部を揺らし、再びの拳が腹に練り込む。そのどれもがアディルに痛苦を走らせ戦意喪失へと追い込んでいく。頭部から流れる血が眼に沁みて視界がぼやけ仰ぐ彼に、アイレは風砲を放った。


「っぅあぁああああああああああああああああああっ⁉」


 腕のガードなど意味を為さず、柔い人の身体は抗う術を持たずして大地へと叩きつけられた。クルールの水砲と同等と思われる風撃に誰かの悲鳴が上がる。

 砂煙を晴らし、無様に空を仰ぐ傷だらけの偽善者をアイレは見下ろした。その眼に慈悲の欠片もない。最愛の女を侮辱された怒りがアディルに死を降す。


「君は君の言動を恨むんだね」


「はっ! オマエこそ罪に苛まれてるように見えるがな」


「――っ……、悪いけど。これ以上揺さぶられえるのは嫌なんだ。大っ嫌いな僕を思い出してしまうからね。だから、その口を今閉ざすよ」


 押し付ける風圧がアディルを逃がさない。精練された風刃を手刀のように纏い、アディルの首へとあてがわれたその時だった。


 ――歌が聴こえたのは。


「――っ⁉」


「悪いがんなところで死ぬわけにはいかねーんだよ」


 アディルの意志に答えるように歌は現象を顕在させる。

 大地を突き破って突如伸びてきた大樹の根がアイレを捕縛した。細い根が身体に巻き付き幹のような根が身動き取れないように入り組んで身体を抑える。唐突に己を捕縛した存在が誰かすぐに思い到ったアイレは身体を起こすアディルを睨みつける。


「このためにわざと僕を怒らせたのか‼」


 回復薬を喉に流し込んだ彼は「そうだ」と頷き鉱石を一つ取り出す。


「ここは歌姫ディーヴァの範囲内だ。一度いたぶったからって調子に乗るなよ。あいつはこの程度で負けるほど弱くねーよ」


 そこにあるのは信頼だ。正しく信じての行動だった。ルナがアイレを捕縛してくれると信じて、アディルはわざとアイレの攻撃を受け続け彼女の存在を気づかせずに効果範囲内まで移動した。あまりにも献身体で愛他的なやり方にアイレの顔が歪む。


「信頼なんかじゃない。そんなの、偽善だ」


 偽善……ああそうだと、アディルはこの上なく納得する。やはり自分を表すには丁度いい表現だと笑ってみせる。


「偽善で結構だ」


 指で弾いた電想天石エルバナイトを〈天雷の蓄剣テンペルス〉で砕く。蓄電していた電想天石エルバナイト内の雷力を吸収して蓄電する。

 そしてアディルは駆け出した。


「リヴっ! 交代だ!」

「うわぁあああああ遅いぃいいいいい! あと一か所だから!」

「早くしろ! 時間はねーぞ!」

「わかってるよ!」


 クルールの相手をバトンタッチし、アディルが相手する。その間に先から進めていた作戦の仕込みを再開する。


「はぁはぁ……提案したのあたしだけど、すごい疲れるんだよねーこれ」


 と、愚痴りながらも指定のポイントに到着。中心地から約六十メルほど離れた場所にウエストポーチから取り出した土偶を設置する。胴体を毛皮で覆い小さな頭には大きな一つ目がはめ込まれており、その眼がとあるポイントへと向くように調整する。


「よし繋がった。あとは『魔力』を供給して」


 ナギとは似て異なる神聖な力がリヴより流し込まれていく。魔力なるものを創造するために長年育ててきた魔力率の高いクオーツを存分に使い、土偶に魔力を貯蔵していく。

 一分間に及ぶ供給はどっとリヴを疲弊ひへいされ、堪らず回復薬を服用する。


「っぷぁー……ふー。なんとか完成かな」


 呼吸を整えたリヴは電想天石エルバナイトを戦場へと投げつけることでアディルに合図する。


「さてはて。いっちょやりますかね」


 身体を伸ばす運動を一通りしたリヴは土偶――錬成した元素土偶ヴィレンドルフ錬金物アルケミスへと言霊を流す。



「【元素四大の王よ・その器その慈恵じけいその宿業・雷命の下に死生を刻む】」



 言霊と魔力に反応した四つの元素土偶ヴィレンドルフ。その毛皮で覆われた胸の中心が雷色に光り出した。



「【は天の嘶き・は地の囁き・エンは命の産声となる】」



 注ぎ込まれた魔力が強く反応を示し、クルールが異変に気付く。少女の金切り声をアディルの落雷が阻んだ。


 詠唱はまだ続く。



「【産まれる名は雷霆らいてい・その身体は風となり炎を纏い天を貫かん・その名は天の支配者】」



 続く詠唱が元素土偶ヴィレンドルフの体内で雷力を発生させる。アディルの使う雷とは本質的に違う、霊的な昂りだ。



「【故に大地を降す・その地その空その時空・雷霆は降す・そこは我の領域なり】」



 元素土偶ヴィレンドルフの頭部に嵌められた単眼――キュクロプスの単眼が起動する。雷閃をとある一点へと伸ばす。四つの雷閃が捉えたのは直線状に設置された元素土偶ヴィレンドルフだ。キュクロプスの単眼は一度目に捕らえた者を死ぬまで離さない。そうして四つの元素土偶ヴィレンドルフが雷閃によって繋がれそれは天を覆っていく。


 そして、最後の詠唱が紡がれた。



「【元素の王よ・ここに転じて知れ・今より雷霆が王であると】」



 四角形状に設置された元素土偶ヴィレンドルフにより雷の被膜がリヴたちを囲い込むようにて空へと広げていく。四角形型に天へと伸びていくその蓋は見えず、エレメントの割合が変動し存在しないエレメントが出現する。もやはそこは誰もが知る空間でも『聖域』でもない。錬金術師の少女によって形成された変革された亜空間だ。

 雷が迸るその領域の名をリヴは紡いだ。



「【天地支配アルゲグの厳かなる雷霆領域・ブロンテステロぺ】」



『聖域』が侵略された。それを革命と呼び略奪支配であり、そして【雷霆の領域】だ。

 本来存在しない雷のエレメントが生まれる特殊な領域結界。プラズマが何人足りとも逃さぬ雷の王がここに旗を突き立てる。


 ――ここは我が雷霆の領域なりと。


「大成功っ! やったぁー! ハハハどんなもんよ! この天才美少女錬金術師リヴ様にかかれば領域展開も神聖魔術もちょちょいのちょいなんだから!」


 ふふん! と胸を張るリヴはさぞ誇らし気であり、それを今回ばかりはアディルも口を挟まない。その沈黙こそ肯定の意であり、彼の口先がほのかに綻んだことがリヴにとって最高に嬉しいことであった。


『キャァァァァ⁉』

「なにこれ? 雷の結界?」


 見事領域内に囚われ困惑するクルールとアイレに気分がちょーいいリヴが仕方ないなーと説明してあげる。


「ちちち。これは結界でもあって本質は領域。本来存在しない雷のエレメントが出来たり、雷属性に恩恵をもたらす。そして、この領域に入ったら最後。魔力が尽きるまで誰も出ることはできない。つまり、あたしたちも出られないんだけどね!」

「牢獄じゃねーかよ!」


 たまらず吠えてしまったアディルに小さく舌を出してウインクする。


「妹の可愛さで許してね、お兄ちゃん」

「うぜぇー……」


 噎せ返りそうな甘い妹声は置いておいて、ここは天の支配者の権能を疑似的に落とし込んだ正真正銘の領域だ。『聖域』と異なるのは永続的ではないことと恩恵が一辺倒であること。雷の領域だからと言って『聖域』の効果を完全に遮断できたわけではない。しかし。


「ああ。これで対等だ。全力でオマエらを殺してやるよ」

「ぐっ⁉ 『聖域』の弱体化が打ち消された!」


 これにて戦力は公平となる。弱体化を打ち消したことに加え雷属性の強化により、『聖域』の水属性の強化と対となって互いの条件が対等となり公平を規律する。


「さあ、殺される覚悟はいいか?」


 超蓄電フルチャージ完了。雷霆装填。


 おびただしい雷がアディルの全身を纏い、〈天雷の蓄剣テンペルス〉に増大な雷力が常に放出と吸収を繰り返す。蓄電限界を超えた雷鳴がほとばしり、周囲を無造作に破壊する。アディル自身が雷雲そのものが如く、金糸雀カナリア色に輝く〈天雷の蓄剣テンペルス〉を構える。右足と肩を引いて左肩を前に突き出し肩の上で突く構え。

 直観的にクルールは悟った。これは己を焼き殺す天の嘶きであると。即ち雷霆であり、己を最も脅かす支配者であると。

 水の加護を有する【翠星の獣】クルールは、それでもその名に恥じない矜持を構えた。即ち覚醒の兆しであり、同時に獣としての本能が覗いた瞬間でもった。

 引き締めた緊張感は揺れることのない水面のようであり、閃のように走り続ける雷光のよう。ただ一度の振動、それだけで静謐は動き出す。


 極限まで高め合う精神が――



「ぁ……くしゅん!」



 リヴのくしゃみによって動きだした。

 

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