第25話 作戦開始 あばよ

 

 月が昇る。夜をまたぎ、新たな一日がやって来る。

 夜闇をおごそかに照らすのは銀燭ぎんしょくの月。秘かに闇を溶かし混じり合った冷たい光は、されど新しい日の始まりとして昇月あさを告げる。


 紅月こうげつの刻。八日、昇月零時


 誰かの言葉がささやかな燭台しょくだいの明かりに導かれて闇の中を走った。

 言霊ことだまというものを知っているだろうか。言葉に魂が宿っているという意味やそういった概念を表す霊的なもの。どのような言葉にも発した人間の意思や感情が宿り、それは時としてなんらかの作用を与える。言葉が言葉の上でそれ以上の特質した何かをもたらす、そんな現象にはナギが関係していると言われており、それは魔術と違って霊能力や自然力に関係した力。それを言霊だと我々は言う。しかし、自然現象の類である言霊を疑似的に作りだせるとすればどうなるか。

 魔術で代用応用した疑似言霊……それは一種の詠唱と同じだ。詠唱はエレメントの力を貸してもらう際にちぎりを結ぶ言の葉。契りを結ばなかった場合に害があるわけではないが、自然爆破や力が霧散する場合がある。言葉とは多大なる役割を世界に及ぼしている。

 さて、そんな言霊であるが疑似的に生み出せるとして、とある女の言葉は今正しく言霊となり夜の基地内を駆け抜ける。

 そして、二つの部屋に一つずつ。まだ眠りについている彼と彼女へ言霊がささやかれた。




 ドォオオオオオンッッ‼


 強烈な破壊音にすべての軍人が眼を覚ました。まるで巨大なパンテオンにらわせる一撃のような轟震と破壊音。次にはすべての窓ガラスが一陣の風によって吹き割られるという怪奇に襲われる。


「何事だ⁉」

「わかりません! 何が起こっているのか」

「パンテオンの襲撃ですか⁉」

「――っ今すぐに兵に確認させろ! 第一班と二班に連絡だッ!」

「了解しました!」


 バタバタと騒ぎを聞きつけ奔走する上層部の者ども。パンテオンの襲撃に備える形で夜間出撃に備えていた第一班と二班に連絡が行く。就寝していた兵たちも騒ぎを聞きつけ、己の得物を手にして慎重に部屋から出る。

 止まない破壊音。吹き飛ばす風の嵐。まるで嵐が荒れ叫ぶかのように南西方面の棟が次々に破壊されていく。

 クソと焦る将官たちのもとに一報いっぽうが届いた。


「基地内を暴れ回っている正体が判明しました」

「正体はなんだ⁉」


 報を届けに来た女騎士は言い難そうに。


「リース・フォルト三等騎士。同じくドルマ・ゲドン三等騎士。以下二名が暴れております」


 その名は丁度一週間前に耳にした名であり、予想していなかった者どもに将官佐官騎士兵士のすべてが同じ声を上げた。


「「「なにぃぃいいいいいいいいいいいいいいい⁉」」」




「クソ! クソ! クソやろうがァアアアアアアアアア‼」


 それは己の不自由ととある人物への怒りであるが、そう鬱憤うっぷんを上げながら大剣を振り下ろす姿は軍に対する叛旗はんきに見え、また想像通りの憤怒の大暴れに卑しい錬金術師が「脳筋でありがとう。へい!」などと見下し笑っている姿がようようと想像できたこと。


「おい! ドルマ・ゲドン! 大人しくしろ! これ以上は喧嘩じゃ済まない範囲だぞ!」

「身体が言うこと聞かねーんだよォオオ‼」

「ぎゃぁああああああああああ‼」


 粉砕ふんさい。リヴに披露ひろうする暇を与えてもらえなかった大剣の一撃が講義室を木っ端微塵に吹き飛ばす。周囲で武器を構える者どもも余波に巻き込まれて塵芥ちりあくたそのもの。


「オレの身体ァ‼ 止まりやがれやァァァァァァァアアアアアア‼」

「「「ぎゃぁああああああああああああああああ⁉」」」


 と言いながら寄って来た騎士たちを一閃で薙ぎ払う。そこに容赦の欠片もない。一刀一刀が全力の一撃。横凪一つで廊下に面するガラス戸を一切合切いっさいがっさいなぎ飛ばす。強靭きょうじんな風が巻き起こり机や椅子、瓦礫がれきが放り出され更地と化する。


「誰かァアあああ‼ オレを止めてくれぇぇぇぇぇえええええーーっ!」

「あぁああああ! こっこっち来るなぁああああああぎゃぁあああああああああ‼」


 ゴミをハンマーで叩き潰すような全力が注ぎこまれ、兵士たちの絶叫は轟いた。




 一方、リースはと言うとドルマ・ゲドンのように派手に立ち回るわけではなく、ただ全速力の風となって基地内を爆走していた。風を纏った彼女が通り過ぎるだけでガラスは弾け飛び、椅子や机は転がり飛び、すべてをぎ払う。構える騎士に攻撃を仕掛けるわけでもなく、ただただに爆速で走る。基地内で暴れるのはリースにとってこれで充分だった。


「これいつまで続けたらいいの?」


 首を傾げるリースの首には赤色の首が嵌められている。中心部の赤い宝石がまるでリースの身体を操っているとでも言いたげに光る。そっと首輪に触れながらリースは思ったのだ。


「これで子供が宿るのかしら?」


 あの決闘の後。子供は紅冠鳥カーディナルが運んで来てくれるわけではなく、女性の体内に宿るのだそうだ、と教わった。どうしたら宿るのかは精神年齢がどうのこうのと教えてもらえなかったが、リースの中では、『従僕の首輪』=命令=えっち=子供、という方程式が出来上がっていた。故に信じているのだ。


「子供の名前はどうしよう。ディルスとか」


 うん、なんだが誰かと誰かの名前を組み合わせたみたいな名前だがここでは追及しないでおく。


「リース三等騎士‼ 直ちに停止せよ! さもなくば――」

「あ、ごめんむり」

「どわぁああああああああああああ⁉」


 言い終わる前にリースが通過し吹き飛ぶ騎士。


「リースくん。悪戯いたずらはいけないよ。なに、この僕が君を優しく――」

「ちょっと邪魔だからどいて」

「ふぎゃぁあああああああああああ⁉」


 言い終わる前にイケメンが吹き飛ばされた。


「おいおいリース。鬱憤晴らしならオレが相手になってやるぜ。だから今度オレと――」

「もう、邪魔」

「どへらっしゃぁぁあああああああああああ⁉」


 筋肉男は以下同文。


 こうして、作戦の火蓋ひぶたは切られた。

 そして、騎士たちの行動に合わせて第二フェズが開始する。




「じゃあ、やるぜ」

「ええ、いいわよ」


 ヘリオとマリネットは顔を見合わせて頷き、ヘリオは手に持つリヴからのプレゼント……スイッチボタンのついた錬金物に視線を落とし息を呑み込んで。


「ほいや!」


 どうにでもなれ精神でボタンを押した。


 瞬間、ヘリオとマリネットが仕掛けていたが次々に爆発。北から西と東にかけて炎と衝撃が打ちあがり渾沌こんとんを極めた。

 爆発は基地内に収まらず、砦に加え訓練所やセントラルエリアなど。無差別な攻撃が南に集められた兵士たちや将官たちの思考を狂わせる。


「マジでやっちまったな」

「そうね。それにしても派手ね」

「祭りかよってレベルなんだけど……これ、マジでバレたら処刑なんじゃ」

「バレなきゃいいのよ。いざとなれば脅されたことにしてすべてあの兄妹に押し付けらればいいわ」

「友達の発言とは思えないねーくらいエグイっスね!」


 炎の凄さに感嘆を漏らしながらどう兄妹に責任を押し付けるか考えていると、唐突に警報が市内すべてに届くそれが鳴り響く。八つすべての都市へと行き渡る大警報はパンテオン侵略時に鳴り響く音色だ。


『緊急事態発生。緊急事態発生。ラウム西部に位置する第九ノ穴『ノウェムゲート』より多数のパンテオンの出現を確認。民間人の皆さまはすぐに地下シェルターに避難してください。パンテオンは『ノウェムゲート』からアカリブ都市へ北西方向より進行中。第一陣の攻撃が軍を襲撃しました。直ちに避難をしてください。繰り返します――』


 もの凄く早口で、けれど妙にこなれた男の声がエリドゥ・アプスに響き渡る。きっと今頃、各都市が慌てて避難準備に入り避難行動をすることだろう。燃え盛るアカリブが信憑性を醸し出す。


「誰だァ⁉ この嘘の情報を流しているのわ!」


 そう机を叩き怒り心頭に立ち上がった総司令官トマトに報告に来ていた佐官の一人が悲鳴をあげる。


「早急に対処しろォ‼」

「は、はいィィ!」

「た、ただちに!」


 そう速足にでていく佐官どもを見送ったトマト総司令官は再び拳を打ち付け、この嫌な胸騒ぎに苛立ちをつのらせる。


「なにが起こってるというのか……」


 その時だった。総司令官の耳にそれが聴こえたのは。



「早く放送を止めろっ! クソ、ななんだよォオ」

「非番だってのに、なんでこんなことしなきゃなんだよ」


 そうぼやく教官たちの耳にもそれは聴こえた。その音は都市アカリブ内にいる全員に例外なく行き渡った。そして、数十キロ離れた他の都市にもまた、どういう原理かその『歌声』が心を鼓舞するのだ。


「歌だ……」


 そう誰かの呟きに、放送室にて退避する準備を始めたノアルが笑みを浮かべる。


「まったく……最強の自称は伊達じゃないな」


 そう苦笑するノアルはその歌を背に放送室を後にする。

 その美しい誰をも惹きつける幻想的な歌が響き渡り、真実を与えると同時に英気をもたらす。


「~~~~~~~~~~~~~っっっ!」


 最恐の歌姫ディーヴァセルリア・メモリによる心歌術エルリートが都市アカリブ中心地を覆うように結界が張り巡らしたのだ。




 時同じく。とある生徒二人の暴動に引き続き唐突な爆破。加えて嘘の警報。一斉に起こった複数の出来事の最新情報が総司令官トマトの下へと一同に集まってきた。


「暴動を起こしているリース・フォルト三等騎士とドルマ・ゲドン三等騎士。『従僕の首輪』によって操られているようです」

「爆破の原因が判明しました。残骸の中から小型の爆弾と思わしき破片を発見。先日、リヴ二等兵に注文した爆弾の改良型と思われます」

「放送局より、覆面の者が放送室を占拠した模様。既に犯人は逃亡したと思われ追跡を開始しています」


 充分な情報量は想像したくなどなかったとある双子へと疑惑を強めていく。

 懸念していなかったわけではない。ただこの七年間の経験則より六日間も問題を起こさないそのことが異例過ぎたのだ。加えて【エリア】で起こった残酷なとあるお嬢様と騎士の不幸。取り押さえ連行した、奴らが気にかけている歌姫の身分。徹底された監視生活。加えて脳裏に浮かぶあの問題児たちは自分たちの家に戻ることはなかった。そして決闘において改めて実力を見せつけたことによって上層部の者たちに危惧を抱かせなかったのだ。力の証明は昇給する意志。軍兵として生きる覚悟の証でもある。あの問題児が実力を見せつければ上層部が一層手放そうとしないことくらいわかったことだろう。

 そう、すべては先入観と経験則をあおって為された計画。

 トマト総司令官の額に血管が浮かび上がり。


「――今すぐゥ異端児どもを捕えろォオオオオオオオオオオオオ‼」


 奇しくも、トマトの命令はセルリアの結界が張られ、その外側でリヴが高笑いして去っていく時であった。

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