第86話 道を塞ぐ魔物の群れ

 帝都を出立してから三日後の昼間。私たちは比較的順調にリナーフ王国への旅路を進めていた。魔物に襲われることはしばしばあるけれど、それは護衛の皆さんがすぐに倒してくれる。


 しかし、それもさっきまでだった。リナーフ王国に向かうためには絶対に通らなければいけない街道上に、魔物の群れが居座っていたのだ。


 これも魔物の動きが変化していることの弊害だろう。


「フェルナン様、どうするのですか?」


 魔物の群れから少し離れたところに馬車を停め、私たちは話し合いをしていた。馬車の中にいるのは私とフェルナン様、そして護衛のアガット、レオ、さらにリュシーさんと騎士の方だ。


 街道上に居座るのは、フォレストマウスという魔物らしい。


 攻撃力はかなり低く、その点では心配する必要がないそうだけど、群れで行動するためとにかく数が多く、さらに出っ歯で噛まれるとかなりの確率で何かしらの病気を移されるそうだ。


 フォレストマウス自体は光属性を持っていて、何度も病気に罹り完治するを繰り返していることによって体が強く、人が命の危機に陥るような病気を持っていても、平気でいる個体も多いらしい。


「倒すのは容易いのだが、この数で一度も攻撃を受けずにというのは難しい。そうなると病気が怖いからな……」

「私が光魔法を使えますが、万が一治せなかったら大変ですよね……」


 怪我よりも病気の方が治すのは難しいから、任せてくださいと無責任なことは言えないのだ。


「馬と馬車で蹴散らしながら強行突破というのは……」


 フェルナン様の護衛であるレオの提案には、すぐに皆が反対した。


「それでは馬が病気になってしまう」

「あまりにもリスクが高いです」

「確かにそうですね……」


 馬車の中には沈黙が満ちる。迂回はできないので、なんとかしてここを通るしかないのだ。


 どうすればこちらの被害なく、ここを通れるのか……何かフォレストマウスの習性などはなかったかしら。


 そう考えたところで、ふと私の脳内にある記憶が蘇った。フォレストマウスは大きなネズミだ。私はペルティエ王国にいたときに、街道上に居座るあのネズミを確かに見たことがある。


 あれはそう、もう詳細は忘れたけれど、アドリアン殿下と一緒に王都近くの丘に向かった時のこと。丘に着いたら殿下はどこかに行ってしまわれて、私は一人取り残されたのだ。


 そこでちょうど近くに生えていた薬草に、光魔法の光を当てて何か変化が起きないかと観察していた。するとそこに……確か現れたのだ。あの大きなネズミが。


 あの時はただの大きなネズミだと思っていたけど、今思えばフォレストマウスだった。そしてあのフォレストマウスは確か、私が光を浴びせていた薬草を千切って咥えると、どこかに去っていったはず。


 もしかしてフォレストマウスは、薬草が好き? それとも光魔法に関わるものが好きなのだろうか。そうなると光魔法や治癒薬を――。


「リリアーヌ、リリアーヌどうしたんだ?」


 フェルナン様に声をかけられ、思考の海に沈んでいたところから意識がふっと浮上した。無意識に俯いていた顔を上げて、思いついたことを伝える。


「実は……」


 昔話を聞いてくださったフェルナン様は、顎に手を当てて真剣に考え込んでくださった。そして少しして、ポツリと呟く。


「もし光魔法そのものに惹かれるのだとしたら、リリアーヌの魔法で作った蝶でフォレストマウスを誘導できるのではないか?」

「あ、確かに……」


 その可能性はあるかもしれない。少なくとも、試してみる価値はあるだろう。


「やってみます」


 私がそう伝えると、フェルナン様は口角を上げて頷いてくださった。


「分かった。では皆に作戦を伝えるので、少し待っていて欲しい。万全の配置で作戦を開始しよう。街道を抜けられそうなチャンスがあれば、すぐに馬車を動かす」

「分かりました。よろしくお願いします」


 その言葉に笑みを深めたフェルナン様は、私の頭を軽くポンと叩いた。そのあまりされたことのない仕草に、胸がきゅうっと締め付けられるように高鳴る。


 ドキドキしながら馬車を降りていくフェルナン様を見送っていると、リュシーさんに顔を覗き込まれた。そしてイタズラな笑みを浮かべたリュシーさんが、楽しそうに告げる。


「フェルナン騎士団長、カッコいいですね」

「うぅ……はい。まだ不意打ちには慣れません」


 正直にそう伝えると、リュシーさんが胸に手を当てた。


「リリアーヌ様がとても可愛らしいです……!」

「いえ、私なんて全然!」

「そんな、謙遜なんてしないでください。リリアーヌ様はとても可愛いですよね?」


 馬車に残っていた皆さんにリュシーさんが問いかけると、皆さんが一斉に頷かれた。それに恥ずかしく思いつつ顔を上げる。


「ありがとう、ございます」


 自分の頬が赤くなっているのを感じながらお礼を伝えると、なんだか馬車内の空気が居た堪れないような、居心地が良いような悪いような雰囲気になる。


 皆さんにニコニコと見守られているその時間に耐えきれなくなって、私は空気を変えるように少し腰を上げた。

 そしてフェルナン様と共に行くべきなのに、まだこの場に残っている護衛のレオを急かそうと手を伸ばし、レオの肩に触れたところで――


 馬車の扉が開き、フェルナン様が戻ってこられた。


「レオとリュシーも早く……」


 二人を呼びに戻ってこられたらしいフェルナン様は、レオの肩に手を置く少し赤面した私の手をじっと凝視して……眉間にグッと深い皺を刻んだ。






〜あとがき〜

いつも読んでくださっている皆様、ありがとうございます。

本日は告知があります!


月刊プリンセスにてコミカライズ連載がされている本作ですが、本日ついにコミックス1巻が発売となりました!

コミカライズ本当に面白くて、絵はとっても綺麗で可愛くさらにカッコよく、最高の漫画に仕上げていただいています。

本作を気に入ってくださってる方はぜひ読んでみてください。よろしくお願いいたします!


↓こちらの近況ノートでも告知をしておりますので、お時間ありましたらご覧ください。コミックスの表紙も載せています。

https://kakuyomu.jp/users/aoi_misa/news/16818093087387109261


蒼井美紗

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